スズムシ 其之十一

suzumushi

 今年のスズムシも成虫になった。

 昨年は頭数が少なかったため、秋季の産卵場の管理から慎重に取り組んだ。双眼実体顕微鏡を導入し、産まれたばかりの卵を蝕むカビを、ピンセットで丁寧に取り除いた。
 産卵場には、どうしても成虫の糞が入り込むが、その糞には栄養があり水分も豊富なため、産卵直後からカビが発生する。カビの胞子の侵入を防ぐことは難しいので、糞に付着して成長したものを双眼実体顕微鏡で見ながらピンセットで取り除くことで対処している。それでも細かく砕けた糞のかけらまでをすべて拾いあげることは困難で、ある程度のカビの発生はやむを得ない。
 産卵場のマットには赤玉土を用いた。無機質のマットであればカビも成長しづらい。カビを予防するため、冬季は乾燥させてガラス製の産卵場のまま保管し、三月から加湿するタイミングを探った。
 今年も昨年に続いて春季の気温が低かった。四月に降雨の日が続いた後、本格的に加湿を始めたが、そのときも双眼実体顕微鏡での観察を続けた。ダニの発生がスズムシの卵の成育よりも早いことに気づいたのは、この観察の成果である。ダニが産卵場内部で動き回ることにより、カビの胞子が広まるのかも知れない。カビとともにダニもまたピンセットで丁寧に取り除いた。
 孵化が始まったのは五月下旬で、六月には梅雨の影響で気温が低下してきたため、孵化する機会は短期間しかなかった。スズムシの卵をプラスチック製の孵化場に移し、コピー用紙を細長く短冊状に切ったものの手元を少し折って工具とし、孵化した初齢幼虫を孵化場から掬いあげる。
 孵化場から掬いあげた初齢幼虫は初齢幼虫舎に移す。初齢幼虫舎のマットは赤玉土を水で湿らせたもので、給餌にはナスを切って入れておく。マットに加湿するとカビの発生するリスクが高まるが、初齢幼虫はマットに含まれた水分も摂取するので、マットを乾燥させるわけにはゆかない。
 幼虫が大きくなってきたら、成虫になるまでを過ごすメインの幼虫舎に移す。幼虫舎のマットは乾燥させたままでも良い。給餌にはナスの他に蛋白質のものを追加する。幼虫舎には経木を立て、幼虫の脱皮を促すとともに、個体群密度が適切に保たれているかを観察する。個体群密度が高いようであれば、経木を増やしたり、複数の幼虫舎間で個体を移したりして調整する。
 初齢幼虫舎と幼虫舎にはプラスチックのケースを利用するが、これには様々なサイズがある。初齢幼虫舎には最小サイズ、幼虫舎には大きめのサイズを準備するが、作業しやすいものを選ぶことが賢明である。産卵場、孵化場、初齢幼虫舎、幼虫舎すべてに言えることだが、複数を同時に進行させることが、全滅を防ぐための方策となる。
 成虫舎にはLサイズのネットゲージを準備している。マットには乾燥したミズゴケを敷き、加湿した産卵場を中央に置いて、ミズゴケを立体的に配置して雌が産卵場まで上れるようにしておく。スズムシの雌は湿った場所に産卵管を刺して卵を産みつけるのである。

 夏季から秋季までスズムシは鳴き続ける。

ラグビー観戦記 2017.06.24 大久保グラウンド

Okubo Ground

 降雨前の曇り空。ときおり涼しい風が吹いた。
 2017 春季オープン戦 第5戦。ヤマハ発動機ジュビロ vs 豊田自動織機シャトルズ。13:00 キックオフ。

 前半開始早々。豊田自動織機シャトルズはヤマハ発動機ジュビロのディフェンスラインを左端から切り裂きトライ。難しい角度のコンヴァージョンも決めて先制する。その後も、豊田自動織機シャトルズがヤマハ発動機ジュビロ陣内でボールを支配し、攻撃する時間が続く。
 前半終了の頃、豊田自動織機シャトルズに再びトライが生まれた。コンヴァージョンも決めて14点差とするが、その直後にヤマハ発動機ジュビロは、敵陣深い地点で得たスクラムを押し込んでトライ。ゲラード・ファンデンヒーファー選手がコンヴァージョンを決める。さらに相手の裏を突くキックを追いかけて、インゴール中央でグラウンディング。コンヴァージョンの成功とともに前半を終了する。ヤマハ発動機ジュビロ 14-14 豊田自動織機シャトルズ。

 後半5分。ヤマハ発動機ジュビロは、相手ペナルティーを得て、タッチキックでマイボール・ラインアウト。モールを崩された後もボールを運び、インゴール中央にトライ。マット・マッガーン選手が難なくコンヴァージョンを決める。
 後半10分過ぎ、豊田自動織機シャトルズはボールキャリアーが機能してトライ。試合再開のキックオフで、相手キャッチングに対してヤマハ発動機ジュビロの宮澤正利選手が好タックル。ヤマハ発動機ジュビロは、そのまま敵陣でボールを支配してインゴールへ。コンヴァージョンも決めて点差を拡げる。
 ウォーターブレイク直後、ヤマハ発動機ジュビロは敵陣でのラインアウトから展開してインゴール中央にトライ。清原祥選手がコンヴァージョンを決める。しかし、ヤマハ発動機ジュビロは、前方へのキックを相手に拾われてカウンター攻撃を受け、トライを許す。コンヴァージョンも決まり、豊田自動織機シャトルズが点差を詰める。
 後半終了間際、ヤマハ発動機ジュビロはラインアウトからモールで押し込みトライ。難しい角度と思われたがコンヴァージョンも決まった。最終スコアは、発動機ジュビロ 42-26 豊田自動織機シャトルズ。

 豊田自動織機シャトルズには闘志を感じた。ヤマハ発動機ジュビロには点を取りきる強さがあった。
 

ラグビー観戦記 2017.06.10 大久保グラウンド

Okubo Ground

 最近の週末は快晴の日が続いている。軽い昼食の後、球技場まで自動車を走らせた。
 2017 春季オープン戦 第3戦。ヤマハ発動機ジュビロ vs 三菱重工相模原ダイナボアーズ。13:00 キックオフ。
 試合前に時間があったので、公開されているクラブハウスの一部を見学させていただいた。

 前半。ヤマハ発動機ジュビロは、ボールを保持し、敵陣でプレーを継続する。得点に至ったのはウォーターブレイクの頃、敵陣深いところで攻め続け、インゴール中央で池町信哉選手がトライ。マット・マッガーン選手がコンヴァージョンを決める。その後もヤマハ発動機ジュビロの優位は続き、マット・マッガーン選手による相手の裏側へ蹴りだして自ら捕球するプレーが功を奏し、加点する。前半終了時のスコアはヤマハ発動機ジュビロ 14 – 0 三菱重工相模原ダイナボアーズ。

 後半は、三菱重工相模原ダイナボアーズが意地を見せた。ヤマハ発動機ジュビロのディフェンスラインを切って攻めあがり、最後はインゴール直前のラインアウトから攻撃して、ロックの村上崇選手がトライ。ハミッシュ・ガード選手のコンヴァージョンも決まり、7点を返す。その後、ヤマハ発動機ジュビロも反撃に転じ、敵陣深いところでのスクラムから右に展開して、インゴール右隅にトライを決める。
 後半も半ばを過ぎて、三菱重工相模原ダイナボアーズが敵陣で相手を圧倒する時間が長くなる。ラインアウトから展開して、リシュケシュ・ペンゼ選手がトライ。コンヴァージョンも決まって点差を詰める。しかし、ヤマハ発動機ジュビロの反撃も素晴らしく、ラインアウトからのドライヴィング・モールをインゴールまで押し込み、加点して突き放す。その後、さらに敵陣深いところでのスクラムがあり、加点して終わりたいところであったが、三菱重工相模原ダイナボアーズの押し返しにより、決めることができなかった。最終スコアはヤマハ発動機ジュビロ 24 – 14 三菱重工相模原ダイナボアーズ。

 三菱重工相模原ダイナボアーズでは、元ヤマハ発動機ジュビロのトーマス優デーリックデニイ選手がキャプテンを務めている。今季から新設されたトップチャレンジリーグでの活躍に期待したい。

サッカー観戦記 2017.05.20 ヤマハスタジアム

Yamaha Stadium

 強い日差しの照りつける中、スタジアムへの道を歩く。まだ、汗の出るほどではないが、肌の灼ける感覚がある。
 今日は磐田市内の小学生を招待する「磐田デー」で、スタジアムからは子供たちの元気な声が聞こえてくる。急な暑さの中、長時間の観戦で、小さな身体が体調を崩さなければ良いが、と思う。直射日光の強い日で、みんな揃ってサックスブルーの帽子を被り、首からタオルをさげている。観戦は「授業」とされている。子供たちの行儀がいい。

 2017 J1 リーグ 第12節。ジュビロ磐田 vs 柏レイソル。14:00 キックオフ。レフリーは、福島孝一郎さん。
 前半早々。ジュビロ磐田が攻撃する。ロングボールを川又堅碁選手が胸で落とし、中村俊輔選手が拾って、アダイウトン選手に鋭いスルーパスを放つ。ツートップにした効果の現れた攻撃であったが、アダイウトン選手のシュートは、中村航輔選手の好守により阻まれた。一対一の局面で、ゴールキーパーが優れていたということである。
 ゴールキーパーの優秀さは、その直後のプレーからも証明された。敵陣中央、ペナルティーエリア直前でジュビロ磐田の得たフリーキックは、中村俊輔選手が枠内にシュートしたにもかかわらず、中村航輔選手の見事なパンチングによりセーブされた。コーナーキックからの攻撃もゴールには至らず、結局、ここで得点できなかったことが早々に試合を決定づけたようにも思える。
 柏レイソルは、チーム全体の陣形が整っていて、ボールを保持している時間も長く、つねにジュビロ磐田の選手が遅れている印象である。当然、ジュビロ磐田の陣形は崩され、ギャップが生じてしまう。伊東純也選手による右サイドへの突破が素晴らしく、ジュビロ磐田は何度も自陣深くまで攻めこまれるが、ボールに絡むのが精一杯で、なかなか自分たちのものにすることができない。自陣からのカウンター攻撃で、アダイウトン選手の力強い独走もあったが、最後を決めることができない。
 前半終了間際に、柏レイソルは、大きなサイドチェンジのロングボールを伊東純也選手がキープし、クリスティアーノ選手のフィニッシュにつなげた。ジュビロ磐田 0 – 1 柏レイソルで前半を終了する。

 後半。ジュビロ磐田は、伊東純也選手への対応を小川大貴選手に任せた。リードの余裕もあるせいか、柏レイソルの陣形は崩れにくく、ギャップを見つけることが難しい。それでもジュビロ磐田は攻め続け、中村俊輔選手が個人技で見事なループ・シュートを枠内へ蹴るが、またもや中村航輔選手の好守に得点を阻まれる。
 クリスティアーノ選手は運動量の多い優れたフォワードである。自陣から長い距離を走り、正確なクロスをあげて、中川寛斗選手のヘディングによるゴールをアシストした。スコアはジュビロ磐田 0 – 2 柏レイソル。後半30分という時間ではあるが、これまでの内容からみて、ジュビロ磐田に勝機はないように感じる。
 パスをつないで相手を崩すことができず、ロングボールで相手ディフェンスの裏に入っても、肝心のシュートが精度を欠き、枠内に飛ばない。他のポジションの選手はともかく、フォワードの選手はシュートの精度をあげるべく練習に励むべきだ。ロスタイムも5分あり、最後まで意地のワンゴールを期待したが、それすらもかなわなかった。最終スコアは、ジュビロ磐田 0 – 2柏レイソル。
 柏レイソルは、チームとしての完成度、クリスティアーノ選手、伊東純也選手、中村航輔選手ほか、各選手の個人的な能力など、基本的な部分で、ジュビロ磐田を凌駕していた。ジュビロ磐田は、柏レイソルのサッカーに対応するのが精一杯という感じで、自分たちのサッカーができていなかった。中村俊輔選手は素晴らしいが、他の攻撃的な選手にも活躍を望みたい。また、試合に勝利するためには、失点をしないことが非常に重要である。ゴールキーパーのカミンスキー選手は素晴らしいが、他の守備的な選手にもレベルアップを望みたい。相手に追いついてボールをはじくだけではなく、きちんと自分のボールにして、前線に供給することまでを仕事としてほしい。
 
 猛暑の中での敗戦で、磐田市内の小学生の皆様には、かえって申し訳ない結果になってしまった。しかし、柏レイソルの素晴らしいサッカーを観ることができたということでは、価値のある試合である。サッカー・ファンの増えることを期待したい。
 

パソコンの話

Ubuntu 14 04 LTS

 Windows Vista のサポート期間が2017年04月11日に終了した。
 しかし、私のマシン( CPU : Core2Duo 6600 @2.40GHz )は、まだ元気なので、既にパーティションを分割してインストールしてある Ubuntu 14.04 LTS をインターネットの接続先とし Windows Vista はスタンドアローンとして使用している。
 最初は CPU に Corei5 6400 あたりを購入し Windows 10 を載せようと考えていたのであるが、CPU のソケットがあわない( Core2Duo 6600 は LGA775、Corei5 6400 は LGA1151 )ので、マザーボードも買い換えなければならない。サポート終了への対応策を考え始めた 2015年11月当時に販売されていたマザーボードには Windows Vista に対応するものがなく Windows 10 とのデュアルブートというわけにもいかなかった。かといってマザーボードを交換すると Windows 10 へ完全に移行せざるをえず、 Windows Vista と、それに対応するアプリケーションで現在は入手できないものが、まったく使えなくなる。
 新しい CPU でマシンを組みたい気持もあったが、そうなるとメモリやソリッドステートドライブ、光学ドライブやディスプレイなども新調したくなる。ケース( ATX )と電源は現存するものを使い続けるつもりである。まだ使えるものを買い換える気にはならない。
 このマシンとは 2007年05月29日からの付き合いで、コンデンサの膨れあがったマザーボードやグラフィックスボードを交換して、現在まで大切に使用してきた。たかだか OS のサポートが終了したくらいで、マシンまで買い換えてしまうことは、自分の不勉強のようでふがいない。

 Windows Vista にはパーティションを管理できる機能がある。ハードディスクのうちに新しい記憶領域を確保して Ubuntu 14.04 LTS をインストールし、デュアルブートにした。この作業を行ったのは 2015年11月で、そのときは Windows Vista が優先的に選択されるよう設定しておいた。2017年04月11日までは Windows Vista をインターネットに接続して充分に使い切りたかったのである。
 2017年04月に Windows Vista の領域をできる限り圧縮して Ubuntu 14.04 LTS の領域を拡張した。私のハードディスクでは Windows Vista の領域の後方に Ubuntu 14.04 LTS の領域があるが、Ubuntu 14.04 LTS の前方に新しい領域を準備しても ハードディスクの内部にある GParted ではパーティションをリサイズすることができない。このときは DVD から Ubuntu 14.04 LTS をブートして GParted を使い、ハードディスクにある Ubuntu 14.04 LTS の領域を拡張した。
 私の Ubuntu 14.04 LTS は 2015年11月にダウンロードしたものなので、2017年04月現在だと Ubuntu 16.04 LTS へのアップグレードのお誘いがある。ところが、その誘いにのったところ、アップグレードの途中でハングアップしてしまった。電源を切り Ubuntu 14.04 LTS を再インストールする。このとき自然に選択されるブートを Ubuntu 14.04 LTS になるようにまかせた。素直にインストールすると Ubuntu 14.04 LTS を選択するようになるのである。
 ソフトウェアの更新をして Ubuntu 14.04.5 LTS にした。とりあえず不義理がないようメールを受信できるようにしておいた。Thnderbird 45.8.0 では「ユーザ名」に POP ID をあてた。ブラウザは Firefox 53.0 を使用している。ファイアウォールに Gufw を、ウイルススキャナーに ClamTk 5.09 を入れてみた。本格的に使用するのは、これからである。
 いつでも再インストールできるようにデータは殆ど入れていない。

春愁 其之ニ

Canada toadflax

 浜岡原子力発電所の事故に対応する広域避難計画が発表になったあと、福島第一原子力発電所の事故に対応する避難指示解除後の帰還の困難を知り、避難計画というものは帰還までを展望したものでなければならないと深く感じている。

 そもそも静岡県の温暖な気候しか知らない住民に、自家用車で岐阜県や金沢市まで避難しろというのが無理な話で、私などは雪道の運転の経験をしたこともなく、もちろん岐阜県や金沢市までの道順すら知らない。老親ふたりと近隣の高齢者を連れての道行となるはずで、それだけでも無理だという気がしている。
 金沢市まで自家用車で旅行した経験のある静岡県民、特に遠州の住民は、どのくらいいるのであろうか。NHKからは「北陸東海」という括りで扱われることが多いが、北陸地方の話題が静岡県でローカル番組として放映されることには違和感がある。北陸地方は、むしろ近畿圏との交流が深いのではないか。北陸地方と東海地方では気候も文化も異なる。未知の土地である岐阜県や金沢市に避難するよりも、友人知人の多い首都圏に避難したいのが正直な気持だ。

 避難指示解除後の帰還の困難を考えると更に憂鬱な気持になる。福島県の復興の様子を見ていると、はじめに自治体ありきの発想で、住民の意思を尊重しているとは思えない。行政がつねに正しい行動をとるとは限らない。彼らもまた誤りを犯すが、その誤りの責任を追及することは、証拠を押さえにくいこともあり、個人や法人の責任を追及することよりも遥かに難しい。
 被災地に於ける経済的な再建が困難であるなら、原発事故のリスクのない土地での「やりなおし」も視野に入れて考えなければならないだろう。すでに避難の段階で、将来のことを考え、広域避難計画区域以外の場所へ移動する住民もいるのではないか。やりなおすなら早い方が良いと思うが、私のように介護すべき家族を抱える者には、身動きもとりづらい。政府や事業者による保障が充分に行われるのかも不安である。

 浜岡原子力発電所の周辺自治体に住む者として、原発事故のリスクを負うことは覚悟している。避難や帰還も現実的な課題である。認知症の老父も、その世話をする老母も、やがては人生の終焉を迎える。認知症には在宅介護が望ましいのであるが、北陸の寒冷な気候のもと、集合住宅での介護も避けられないのかも知れない。せめて最期の時間くらい幸福に過ごさせてやりたいものである。

コハクチョウ 其之八

Bewick's Swan

Bewick’s Swan

 今季のコハクチョウは12月の初旬に鶴ヶ池へ飛来した。

 私は12月に上京する予定があったので、すぐに観察へ行くことは控えた。老母を恵比寿へ連れて行くためである。恵比寿は老母が私を産み育てた街だ。広尾病院で産まれた私は、4歳2ヶ月までを恵比寿で過ごした。幼い頃に遊んだ公園と、アパートとを行き来した小路がまだ残っているので、そこを老母に歩かせたかったのである。
 認知症で要介護度3の老父をショートステイに預け、老母の青春の地とも言える場所を歩いた。恵比寿では大規模な再開発がなされたが、老父と老母が新婚生活を過ごした周辺は、道路などに大きな変更もなく、するすると老母は歩きまわり、私にいろいろと教えてくれるのであった。私も上京した際、老母に土産話ができるよう、恵比寿に寄るようにはしていたのだが、公園と小路くらいしか確かな記憶はなかった。
 老母は、この旅行を楽しみにしていた。老父をショートステイに預け始めたのも、この旅行を実現させるための準備である。ケアマネージャーさんも東京暮らしを経験された方で、旅行の実現を助けていただいた。旅行の日まで、体調を崩さないようにと、寒いときの外出を控える老母を見て、私も野鳥観察を控えたのである。そんなことで風邪をひくような身体ではないのだが、老母の気持に寄り添うことにしたのだ。
 老父もショートステイに慣れたようで、平穏に時は過ぎて、旅行も無事に終えることができた。年始には親族と会うことが多くなるが、老母は嬉嬉として東京に旅行した話をするのであった。親族には、東京暮らしを知る者もいれば、知らない者もいる。だが、日常、老母が老父の介護をしていることを知らないものはいないので、皆、老母の旅行を喜んでくれた。

 コハクチョウは大晦日には姿を消していた。今季は鳥インフルエンザのリスクもあったので、その朝、私は鶴ヶ池の周囲を二度まわった。さいわい死骸を見ることもなく、他の越冬地に移動したのではないかという結論に達した。
 
追記 写真は 2016.12 の観察の際に撮影したものです。