パソコンの話

Ubuntu 14 04 LTS

 Windows Vista のサポート期間が2017年04月11日に終了した。
 しかし、私のマシン( CPU : Core2Duo 6600 @2.40GHz )は、まだ元気なので、既にパーティションを分割してインストールしてある Ubuntu 14.04 LTS をインターネットの接続先とし Windows Vista はスタンドアローンとして使用している。
 最初は CPU に Corei5 6400 あたりを購入し Windows 10 を載せようと考えていたのであるが、CPU のソケットがあわない( Core2Duo 6600 は LGA775、Corei5 6400 は LGA1151 )ので、マザーボードも買い換えなければならない。サポート終了への対応策を考え始めた 2015年11月当時に販売されていたマザーボードには Windows Vista に対応するものがなく Windows 10 とのデュアルブートというわけにもいかなかった。かといってマザーボードを交換すると Windows 10 へ完全に移行せざるをえず、 Windows Vista と、それに対応するアプリケーションで現在は入手できないものが、まったく使えなくなる。
 新しい CPU でマシンを組みたい気持もあったが、そうなるとメモリやソリッドステートドライブ、光学ドライブやディスプレイなども新調したくなる。ケース( ATX )と電源は現存するものを使い続けるつもりである。まだ使えるものを買い換える気にはならない。
 このマシンとは 2007年05月29日からの付き合いで、コンデンサの膨れあがったマザーボードやグラフィックスボードを交換して、現在まで大切に使用してきた。たかだか OS のサポートが終了したくらいで、マシンまで買い換えてしまうことは、自分の不勉強のようでふがいない。

 Windows Vista にはパーティションを管理できる機能がある。ハードディスクのうちに新しい記憶領域を確保して Ubuntu 14.04 LTS をインストールし、デュアルブートにした。この作業を行ったのは 2015年11月で、そのときは Windows Vista が優先的に選択されるよう設定しておいた。2017年04月11日までは Windows Vista をインターネットに接続して充分に使い切りたかったのである。
 2017年04月に Windows Vista の領域をできる限り圧縮して Ubuntu 14.04 LTS の領域を拡張した。私のハードディスクでは Windows Vista の領域の後方に Ubuntu 14.04 LTS の領域があるが、Ubuntu 14.04 LTS の前方に新しい領域を準備しても ハードディスクの内部にある GParted ではパーティションをリサイズすることができない。このときは DVD から Ubuntu 14.04 LTS をブートして GParted を使い、ハードディスクにある Ubuntu 14.04 LTS の領域を拡張した。
 私の Ubuntu 14.04 LTS は 2015年11月にダウンロードしたものなので、2017年04月現在だと Ubuntu 16.04 LTS へのアップグレードのお誘いがある。ところが、その誘いにのったところ、アップグレードの途中でハングアップしてしまった。電源を切り Ubuntu 14.04 LTS を再インストールする。このとき自然に選択されるブートを Ubuntu 14.04 LTS になるようにまかせた。素直にインストールすると Ubuntu 14.04 LTS を選択するようになるのである。
 ソフトウェアの更新をして Ubuntu 14.04.5 LTS にした。とりあえず不義理がないようメールを受信できるようにしておいた。Thnderbird 45.8.0 では「ユーザ名」に POP ID をあてた。ブラウザは Firefox 53.0 を使用している。ファイアウォールに Gufw を、ウイルススキャナーに ClamTk 5.09 を入れてみた。本格的に使用するのは、これからである。
 いつでも再インストールできるようにデータは殆ど入れていない。

広告

春愁 其之ニ

Canada toadflax

 浜岡原子力発電所の事故に対応する広域避難計画が発表になったあと、福島第一原子力発電所の事故に対応する避難指示解除後の帰還の困難を知り、避難計画というものは帰還までを展望したものでなければならないと深く感じている。

 そもそも静岡県の温暖な気候しか知らない住民に、自家用車で岐阜県や金沢市まで避難しろというのが無理な話で、私などは雪道の運転の経験をしたこともなく、もちろん岐阜県や金沢市までの道順すら知らない。老親ふたりと近隣の高齢者を連れての道行となるはずで、それだけでも無理だという気がしている。
 金沢市まで自家用車で旅行した経験のある静岡県民、特に遠州の住民は、どのくらいいるのであろうか。NHKからは「北陸東海」という括りで扱われることが多いが、北陸地方の話題が静岡県でローカル番組として放映されることには違和感がある。北陸地方は、むしろ近畿圏との交流が深いのではないか。北陸地方と東海地方では気候も文化も異なる。未知の土地である岐阜県や金沢市に避難するよりも、友人知人の多い首都圏に避難したいのが正直な気持だ。

 避難指示解除後の帰還の困難を考えると更に憂鬱な気持になる。福島県の復興の様子を見ていると、はじめに自治体ありきの発想で、住民の意思を尊重しているとは思えない。行政がつねに正しい行動をとるとは限らない。彼らもまた誤りを犯すが、その誤りの責任を追及することは、証拠を押さえにくいこともあり、個人や法人の責任を追及することよりも遥かに難しい。
 被災地に於ける経済的な再建が困難であるなら、原発事故のリスクのない土地での「やりなおし」も視野に入れて考えなければならないだろう。すでに避難の段階で、将来のことを考え、広域避難計画区域以外の場所へ移動する住民もいるのではないか。やりなおすなら早い方が良いと思うが、私のように介護すべき家族を抱える者には、身動きもとりづらい。政府や事業者による保障が充分に行われるのかも不安である。

 浜岡原子力発電所の周辺自治体に住む者として、原発事故のリスクを負うことは覚悟している。避難や帰還も現実的な課題である。認知症の老父も、その世話をする老母も、やがては人生の終焉を迎える。認知症には在宅介護が望ましいのであるが、北陸の寒冷な気候のもと、集合住宅での介護も避けられないのかも知れない。せめて最期の時間くらい幸福に過ごさせてやりたいものである。

コハクチョウ 其之八

Bewick's Swan

Bewick’s Swan

 今季のコハクチョウは12月の初旬に鶴ヶ池へ飛来した。

 私は12月に上京する予定があったので、すぐに観察へ行くことは控えた。老母を恵比寿へ連れて行くためである。恵比寿は老母が私を産み育てた街だ。広尾病院で産まれた私は、4歳2ヶ月までを恵比寿で過ごした。幼い頃に遊んだ公園と、アパートとを行き来した小路がまだ残っているので、そこを老母に歩かせたかったのである。
 認知症で要介護度3の老父をショートステイに預け、老母の青春の地とも言える場所を歩いた。恵比寿では大規模な再開発がなされたが、老父と老母が新婚生活を過ごした周辺は、道路などに大きな変更もなく、するすると老母は歩きまわり、私にいろいろと教えてくれるのであった。私も上京した際、老母に土産話ができるよう、恵比寿に寄るようにはしていたのだが、公園と小路くらいしか確かな記憶はなかった。
 老母は、この旅行を楽しみにしていた。老父をショートステイに預け始めたのも、この旅行を実現させるための準備である。ケアマネージャーさんも東京暮らしを経験された方で、旅行の実現を助けていただいた。旅行の日まで、体調を崩さないようにと、寒いときの外出を控える老母を見て、私も野鳥観察を控えたのである。そんなことで風邪をひくような身体ではないのだが、老母の気持に寄り添うことにしたのだ。
 老父もショートステイに慣れたようで、平穏に時は過ぎて、旅行も無事に終えることができた。年始には親族と会うことが多くなるが、老母は嬉嬉として東京に旅行した話をするのであった。親族には、東京暮らしを知る者もいれば、知らない者もいる。だが、日常、老母が老父の介護をしていることを知らないものはいないので、皆、老母の旅行を喜んでくれた。

 コハクチョウは大晦日には姿を消していた。今季は鳥インフルエンザのリスクもあったので、その朝、私は鶴ヶ池の周囲を二度まわった。さいわい死骸を見ることもなく、他の越冬地に移動したのではないかという結論に達した。
 
追記 写真は 2016.12 の観察の際に撮影したものです。

ラグビー観戦記 2016.12.24 ヤマハスタジアム

Yamaha Stadium

Yamaha Stadium

 快晴。晴天。暖かく明るい日である。
 2016 – 2017 トップリーグ 第13節。ヤマハ発動機ジュビロ vs サントリーサンゴリアス。13:00 キックオフ。レフリーは久保修平さん。

 前半。ヤマハ発動機ジュビロは、大田尾竜彦選手のハイパントをヴィリアミ・タヒトゥア選手がキャッチ、パスを受けた伊東力選手がインゴールへ走り込んだ。ゲラード・ファンデンヒーファー選手によるコンヴァージョンも決まり先制する。優勢のまま敵陣深くで相手ペナルティーのチャンスを得るも、この場面はショットで加点した。ファーストスクラムでは、サントリーサンゴリアスに低く押し込まれ、オープンサイドのフランカー、ジョージ・スミス選手にボールを脚で搔き出されてブラインドサイドへまわりこまれた。ラックからオープンサイドの守備が薄くなったところへ速いパスでつながれ失点する。小野晃征選手によるコンヴァージョンも決まる。
 サントリーサンゴリアスの攻撃にヤマハ発動機ジュビロは防戦する。小野晃征選手にディフェンスのギャップを突かれ、スティーブン・ドナルド選手に中央へのトライを許し逆転される。その後、ヤマハ発動機ジュビロはサントリーサンゴリアスのモールコラプシングを誘い認定トライで逆転するが、前半終了間際に、サントリーサンゴリアスのライン攻撃で小野晃征選手のループが決まり、ツイヘンドリック選手にインゴールへ飛びこまれて再度逆転された。ホーンの鳴った後にコンヴァージョン・キックのボールがバーを越える。前半終了時のスコアは、ヤマハ発動機ジュビロ 17-21 サントリーサンゴリアス。

 後半。ヤマハ発動機ジュビロは自陣でオフザゲートの反則をとられ、小野晃征選手のショットで7点差とされる。サントリーサンゴリアスの優勢はつづき、小野晃征選手から石原慎太郎選手がスイッチでパスを受けてインゴールに飛びこんだ。ヤマハ発動機ジュビロは、相手ペナルティーからタッチキックでゲインするが、マイボール・ラインアウトを連続してジョー・ウィーラー選手に奪われる。後半20分を過ぎて、敵陣インゴール直前にまで迫るが、サントリーサンゴリアスの守備は堅く、トライを取りきれない。
 後半30分過ぎにマレ・サウ選手の好走から伊東力選手が走りきってトライ。ゲラード・ファンデンヒーファー選手が難しい角度のコンヴァージョンを決めて再び7点差に戻す。しかし、自陣深くでのブレイクダウンでノットロールアウェイの反則をとられると、小野晃征選手にショットで加点される。ヤマハ発動機ジュビロは敵陣でボールをつなぎ反撃の機会を窺うも、後半38分にターンオーヴァーされ、ボールをつなげられて、最後は塚本健太選手にトライを決められた。コンヴァージョン・キックのボールがバーを越えると同時にホーンが鳴った。最終スコアは、ヤマハ発動機ジュビロ 24-41 サントリーサンゴリアス。

 ヤマハ発動機ジュビロは健闘したと思うが、サントリーサンゴリアスに勢いがあった。ヤマハスタジアムでのラグビーの観客数が10000人を超えたことを喜びたい。

ラグビー観戦記 2016.12.10 ヤマハスタジアム

Yamaha Stadium

Yamaha Stadium

 快晴の青空のもと、開場までの時間を待つ。クリスマスソングの演奏が聴こえる。陽の当たる場所は風さえなければ充分に温かい。
 2016 – 2017 トップリーグ 第11節。ヤマハ発動機ジュビロ vs NECグリーンロケッツ。13:00 キックオフ。レフリーは松岡辰也さん。

 前半。ヤマハ発動機ジュビロは敵陣深く攻め込む。スクラムから中央に寄せヴィリアミ・タヒトゥア選手がトライ。ゲラード・ファンデンヒーファー選手が素晴らしいステップとランで相手を抜き去ってトライし、コンヴァージョンも決めて加点する。NECグリーンロケッツの堅守を崩せない時間が続いたが、前半終了間際にマイボール・ラインアウトからモール、ラックでつなぎ、ヘル ウヴェ選手が前進、最後は日野剛志選手がインゴール中央に飛び込んだ。前半終了時のスコアはヤマハ発動機ジュビロ 19-0 NECグリーンロケッツ。

 後半。マレ・サウ選手のタックルされたボールを伊東力選手が拾い、相手をかわした後、外側にいた日野剛志選手に預けてトライ。さらに敵陣インゴール直前でスクラムを押し込みトライを決める。敵陣深くでプレーする時間が長く、完封勝利かと思われた後半30分過ぎに、NECグリーンロケッツのトライを許す。しかし、試合終了間際に伊東力選手の見事なステップとランで加点する。最後は、自陣深く攻め込まれながらも、マレ・サウ選手がインターセプトから長い距離を走って決めた。最終スコアはヤマハ発動機ジュビロ 47-5 NECグリーンロケッツ。

 ヤマハ発動機ジュビロは11連勝。同じく11連勝のサントリーサンゴリアスとの直接対決を再来週に控えている。来週は神戸製鋼コベルコスティーラーズとの対戦だ。ひとつひとつの試合を大切に勝ち抜き、最良のシーズンにしてほしい。

冬鳥

Okegayanuma

Okegayanuma

 今年も冬鳥の季節になった。
 天気の良い日曜日の朝は、野鳥観察に出かけている。代表的な冬鳥であるカモ類は、行く度に数を増している。小鳥類も愛らしく、その声を聴き、姿を探すことが楽しみである。
 森の中の小道を歩いていると、キタキチョウが舞っている。気温は20度ほどで、まだ昆虫類も元気である。スズメバチやアシナガバチも盛んに翔んでいる。枯葉を落し始めた広葉樹林では、陽光が射し込んで、常緑樹の葉を照らしている。

 老父の要介護度が3になった。老父は認知症を患っており、日常の生活は老母による介護なしにはできない。在宅介護であるが、デイサービスやショートステイを利用して、老母の負担を軽減している。老父を施設へ預けている間に、私が自動車の運転手となって、生活必需品などの買物などを済ませている。要介護度があがり施設の利用料は増額された。
 自動車社会化と高齢化の問題は、地方に住む人間にとって、回避することのできない切実なものである。地方では電車やバスなどの公共交通機関に乏しく、食料品の調達や医療機関への送迎など、生活の基本的な部分で自家用車が必要になる。私のように下の世代の同居している家庭では、若い世代が運転手を務めることもできるが、単身者や御夫婦のみの高齢者世帯では、交通事故のリスクを負いながらも、高齢者自身が自動車の運転をやめられないでいる。
 地方在住者は自動車の運転免許証を贅沢で保有しているわけではない。普通自動車の運転免許証がなければ就職はできない。例え自家用車を保有しなくとも、社用車の運転ができなくては困る。デスクワークが中心のホワイトカラーでも、官公庁、金融機関、得意先などへ行くために、社用車を運転しなければならない。従業員の自家用車を借り上げて、社用車として使用している企業もある。
 老父は数回の物損事故を起こして運転免許証を返納した。老母は元より運転免許証を取得することがなかった。私たちの世代では、女性でも自動車を運転することが普通である。自動車産業の栄えた土地ということもあるせいか、自家用車の保有は当り前のようになっている。その当り前であることを前提としてか、次第にバスの運行本数は減り、自動車がなければ不便な土地になってしまった。
 この地域は、浜岡原子力発電所の緊急時防護措置準備区域( Urgent Protective action planning Zone )であるが、その避難計画でも自家用車の保有が前提となっている。私の場合は、老親を連れて石川県まで避難することになっている。自家用車のない住民はバスで避難するとのことであるが、避難時の渋滞が懸念される。

 野鳥を観察するための機材であるフィールドスコープや三脚を運搬し、自然の豊かな場所に移動するために、自家用車を利用してはいるが、それは副産物のようなものだ。野鳥を観察する場所には自宅から歩いてゆくこともできる。自動車が必要不可欠というものでもない。
 そう思うと少しは気分が軽くなる。タヒバリを観察して、帰路に着いた。