冬鳥

Okegayanuma

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 今年も冬鳥の季節になった。
 天気の良い日曜日の朝は、野鳥観察に出かけている。代表的な冬鳥であるカモ類は、行く度に数を増している。小鳥類も愛らしく、その声を聴き、姿を探すことが楽しみである。
 森の中の小道を歩いていると、キタキチョウが舞っている。気温は20度ほどで、まだ昆虫類も元気である。スズメバチやアシナガバチも盛んに翔んでいる。枯葉を落し始めた広葉樹林では、陽光が射し込んで、常緑樹の葉を照らしている。

 老父の要介護度が3になった。老父は認知症を患っており、日常の生活は老母による介護なしにはできない。在宅介護であるが、デイサービスやショートステイを利用して、老母の負担を軽減している。老父を施設へ預けている間に、私が自動車の運転手となって、生活必需品などの買物などを済ませている。要介護度があがり施設の利用料は増額された。
 自動車社会化と高齢化の問題は、地方に住む人間にとって、回避することのできない切実なものである。地方では電車やバスなどの公共交通機関に乏しく、食料品の調達や医療機関への送迎など、生活の基本的な部分で自家用車が必要になる。私のように下の世代の同居している家庭では、若い世代が運転手を務めることもできるが、単身者や御夫婦のみの高齢者世帯では、交通事故のリスクを負いながらも、高齢者自身が自動車の運転をやめられないでいる。
 地方在住者は自動車の運転免許証を贅沢で保有しているわけではない。普通自動車の運転免許証がなければ就職はできない。例え自家用車を保有しなくとも、社用車の運転ができなくては困る。デスクワークが中心のホワイトカラーでも、官公庁、金融機関、得意先などへ行くために、社用車を運転しなければならない。従業員の自家用車を借り上げて、社用車として使用している企業もある。
 老父は数回の物損事故を起こして運転免許証を返納した。老母は元より運転免許証を取得することがなかった。私たちの世代では、女性でも自動車を運転することが普通である。自動車産業の栄えた土地ということもあるせいか、自家用車の保有は当り前のようになっている。その当り前であることを前提としてか、次第にバスの運行本数は減り、自動車がなければ不便な土地になってしまった。
 この地域は、浜岡原子力発電所の緊急時防護措置準備区域( Urgent Protective action planning Zone )であるが、その避難計画でも自家用車の保有が前提となっている。私の場合は、老親を連れて石川県まで避難することになっている。自家用車のない住民はバスで避難するとのことであるが、避難時の渋滞が懸念される。

 野鳥を観察するための機材であるフィールドスコープや三脚を運搬し、自然の豊かな場所に移動するために、自家用車を利用してはいるが、それは副産物のようなものだ。野鳥を観察する場所には自宅から歩いてゆくこともできる。自動車が必要不可欠というものでもない。
 そう思うと少しは気分が軽くなる。タヒバリを観察して、帰路に着いた。