春愁 其之四

ruffle lichens

 中西宏明。1946年3月14日生まれ。神奈川県横浜市出身。東京都立小山台高等学校卒業、東京大学工学部電気工学科卒業、スタンフォード大学大学院コンピュータエンジニアリング学修士課程修了。

 彼の現住所は(ウェブで手軽に調べられるほどには)明らかにされてはいないが、おそらくは東京都か横浜市か、あるいはその周辺のいずれかの地域ではなかろうか。ちなみに彼が取締役会長兼代表執行役を務める株式会社日立製作所は東京都千代田区丸の内一丁目6番6号に所在する。いずれも Urgent Protective action planning Zone : 緊急防護措置を準備する区域 でないことは明らかである。もちろん Precautionary Action Zone : 予防的防護措置を準備する区域 でもない。
 1946年3月14日生まれということは、浜岡原子力発電所の建設計画が始められていた1967年1月には20歳ということになる。東京大学工学部電気工学科の学生であったと推測されるが、すでに参政権のある身分であり、2019年3月現在では、1967年1月に参政権を得ていた人物というのは、特権的な人物であったようにも思える。なぜなら彼より年少の人間は、浜岡原子力発電所の建設計画に反対する権能を、そもそも持ち得ないからである。

 私は、浜岡原子力発電所の UPZ の住民であり、1967年1月には参政権のなかった人間である。それゆえのポジション・トークであることを宣言してこれからの叙述を継続する。そうでなくてはアンフェアなように思えるからである。

 2011年3月に福島第一原子力発電所の事故が起こるまで、私は「原発」について無知であった。世界や日本にどのくらいの原子力発電所があるかも、その保安管理の状況についても、なにも知らずにいた。もちろん「原子と原子核」については物理学で学習しており、光電効果やプランク定数、ド・ブロイやアインシュタインについては知識があったが「日本の原発」についてはなにも理解していなかった。しかし 2011年3月以降は、急速に理解を深めざるを得なくなった。
 いまでは福島第1原発2号機だけで約 237 t のデブリがあることまで知っている。圧力容器内に約 94 t しかなかった燃料に金属やコンクリートなどが溶解して混合したために、デブリが量を増したことも理解している。固着して硬いデブリをいかに取り除くか。その機器の開発から始めなければならず、その作業が相当に困難であろうことも想像できる。
 中西宏明氏は「原発と原爆が頭の中で結びつき、分離が難しい」との認識を示されたが、私にとってはむしろ「原発」よりも「原爆」のことの方がわからない。このあたりはジェネレーション・ギャップかとも思うが、原爆について知識の豊富なひとを私の周囲に探すことは難しい。
 広島県や長崎県とともに、静岡県は被曝を経験した地域とも言えるが、それは焼津漁港を母港とする遠洋マグロ漁業に於いて生起した事件であり、多くの静岡県民は原爆についての直接的な経験には乏しいのである。

「理解を求めていく」「理解をいただくしかない」と中西宏明氏や水野明久氏は言うが、それは「おまえらバカだから理解できねえんだよ」と言っているようにも聞こえ、侮辱されているようにも受けとめられる。PAZ や UPZ に住むような人間はバカであるというような含意がその発言にはある。そのように解釈すれば中西宏明氏の認識や発言は充分に「理解できる」ものである。
 中部電力株式会社、一般社団法人日本経済団体連合会、全国電力関連産業労働組合総連合、日本国政府と、原発について「理解を求める」勢力は巨大であり強力である。その勢力に抗うことがいかに「バカである」かが「理解できない」ことを中西宏明氏は述べているのかも知れない。株式会社や経済団体、労働団体が利益を追求することを目的とする集団であり、日本国政府が経済発展のために原子力政策を推進する立場にあることも、私は「理解できる」。
 浜岡原子力発電所の PAZ と UPZ には約 840,000 人が居住している。日本には約 120,000,000 人が居住しているので、そのうち約 0.7%が居住していることになる。たとえ浜岡原子力発電所の事故によって PAZ や UPZ の住民が故郷を失うような事態になろうとも、東京都か横浜市かにお住まいであろう中西宏明氏には、なんの実害もなく、なんの痛痒も感じることもないであろうことも、私は「理解できる」。

 中西宏明氏には、1967年1月に旧浜岡町で参政権を得ていた住民と、2019年3月現在に浜岡原子力発電所の PAZ や UPZ で生活を営んでいる住民が、同一であるとは限らないことを理解していただければと思う。

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