スズムシ 其之八

suzumushi

suzumushi

 今年のスズムシも成虫になった。八月の初旬のことである。
 例年は、七月下旬には成虫が現れるのであるが、今年は孵化の開始が五月下旬と遅く、幼虫の生育期間にも長雨の降ることが多かったので、時間を要したものと思う。

 実は、卵を管理する段階に於いて落度があった。春先に水分を与える際、その量を多くしすぎてしまったのである。適度な水分量を保つことが難しい。
 ドブのような異臭がし、赤玉土が黒ずんでいる。硫化水素(H2S)が発生しているのだ。水が澱むことにより空気が通わず、嫌気性細菌が働いたのだろう。硫化水素は、嫌気性細菌により硫黄が還元されることで、発生する。硫黄(S)は生命を失った卵に含まれていたものと思われる。生体物質は、炭素と水素を中心に、窒素、酸素、リン、硫黄などを構成元素としている。
 赤玉土を洗浄してシルトと粘土を落とし、嫌気性細菌の棲息しやすい粘度の高い土壌を解消した。また、原核生物である嫌気性細菌を溶菌するため、エタノールを噴射した。このようにして、なんとか卵の孵化する環境を回復するように努めた。
 リスクを分散するため、卵を保存する容器は複数に分けてある。まったく正常な容器もある。しかし、このような異常を発見したのは今回が初めてであり、よい教訓になった。

 卵から幼虫を孵化させる際、幼虫にかかる物理的な負荷を軽減するため、ガラス製の産卵場に厚く詰まった赤玉土を、PET製の孵化場へ薄く敷きなおすという工程を設けている。成虫は多くの卵を産むが、そのうちいくつかは孵化をしない。孵化に失敗する個体もある。孵化に成功した幼虫でも、赤玉土に含まれる水分の表面張力に負けて、触角や脚を失ってしまうものもある。
 孵化の時期。湿度が高められ、生体物質が存在する孵化場は、シロカビにとっても絶好の生育環境である。シロカビの胞子を肉眼で確認することは不可能で、コロニーなどが可視化されたときに除去したり、エタノールを噴射したりするしか方法はない。エタノールは蛋白質を変性するので、スズムシに影響のない程度に抑えなければならない。シロカビの成長は速い。こまめに観察し対処する必要がある。

 初齢幼虫の健康な姿を見て、はじめて安堵することができる。それから何度もの脱皮を繰り返して、成虫に至るのであるが、中には脱皮に失敗するものもいる。視覚的にもキレイな成虫を育て上げることは、なかなか難しいことである。しかし、その難しい課題に挑むことこそが、飼育を継続するための探究心を与えてくれるのである。

広告