古典言語について

Carpenter bee

Carpenter bee

 古代、和歌は「やまとことば(和語)」で詠むものであった。中世、それに、より深遠なる古典の世界を持つ「漢語」の加わることによって、和漢混交の文学としての俳諧が成立した。その俳諧の最も自由で象徴的かつ印象的な部分である「発句」が「俳句」として近代以降に鍛えあげられる。近代以降の日本文学は、ヨーロッパ世界の衝撃を受けて「小説」を中心に展開してゆくこととなるのだが、和歌と俳諧(俳句、連句)の世界は現代にも廃れることなく存在している。
 俳諧には、先行する古典を簡易にまとめあげた歳時記という便利な書籍があり、日本語の単語の語義に「季語」という解釈の独特なルートをつけくわえることによって言語の多義性の一部を獲得し、また、俳諧の世界が共通的事項を共有する独自の共同体として存在することを社会に認容せしめることに成功した。このことは近世の官学が儒学であり、武士階級をはじめ多くの人々が漢詩や漢文を学ばざるを得ない時代状況であったことと不可分ではあり得ない。和書と漢籍による古典に支えられているがために、俳諧は多くの言葉の財産を持つことになる。

 長歌と、その反歌としての短歌は、柿本人麻呂により完成された。柿本人麻呂の長歌には、先行する漢詩の対句表現などの影響が見られる。つまり、和歌の前には漢詩があった。古代中国の漢詩が日本の古典ともされていることには意味がある。中国語と日本語とは、言語を異にする存在ではあるが、文字を共有する存在でもある。文学は文字による営為であるから、漢字で書かれた詩を読むことができれば、翻訳者は、それを日本語の話し言葉で表現することができる。しかし、それを書き言葉で表現するためには「文字」が必要である。
 万葉集の時代には「日本語を書き表す文字」がなかったので、中国大陸や朝鮮半島から漢字を借用した。それが借字と呼ばれるもので、古事記なども借字で書かれている。万葉集のものは特に「万葉仮名」と呼ばれ、文学的な表現のための借字として、慎重に研究されている。文学者は、視覚的効果や聴覚的効果を考えて、繊細な表現を好むであろうから、そこには古代日本語の話し言葉が緻密に表現されていると考えられるからである。
 平安時代に日本語特有の文字「仮名」が開発されてからも、漢詩や漢文は日本文学に影響を与えるものとして存在しつづけた。特に中世には、中国からの新仏教の伝来などもあり、本格的な和漢混交文の成立を見るに至った。この文体は現代文にも共通するものであり、日本の高校生は国語(日本語)の勉強として漢字(中国語)を覚えることになる。

 言語と文字とは、本来、別のものであり、文字に記された言語のみが特権的に広く、長く後世に伝えられる。口語・話し言葉として存在していた「日本語」は、中国大陸や朝鮮半島から「漢字」という有力な文字をいただくことにより、平安時代に「仮名」という創造的な文字を持ち得ることができた。紀貫之ら優れた文学者による和歌や日記などの文学の洗練により、日本語は文語・書き言葉としても存在することとなり、後世の人々により、古典言語として尊重される地位に至った。
 その古典言語に拠って「擬古文」を書くことは、中世・近世の碩学たちが学問のために行なっていたことである。現代人である私たちが、高校レベルの古文を学ぶことにより、平安時代の古典文学や、吉田兼好や本居宣長の擬古文を読むことができるのは、古典言語としての日本語の文語文法を共通的事項として共有するからである。さらに私たちには「文語」で作文することにより、古典言語としての日本語に関する理解を深めることもできるのであるが、現代の社会生活に即して考えれば、それは実用性のない、趣味的なものであると言えなくもない。

 実務的には、話し言葉と読み書きする文章の一致していた方が便利である。近世以降、町人たちの世俗的な世界が栄えると、文学もまた世俗的な世界の言葉を主として書かれるようになる。本格的な本草学の発展などもあり、実証主義的なリアリズムの意識も生まれてくる。日本の小説も、夏目漱石らによって近代の新しい文体を獲得してゆく。それらは、同時代の江戸・東京の「口語」をもとにしたものではあったが、政治、法律、言論、ジャーナリズムなど近代の文章とともに、標準語というかたちで模範的な文体として社会の中に浸透してゆく。これが、現在、高校生が大学入試のために学ばなくてはならない「現代文」の起源である。
 現代人は、まず現代文を学び、それから古文を学ぶことになるが、現代文の源流にあるものは古文漢文であり、古典言語としての日本語である。現代仮名遣いは歴史的仮名遣いを簡易に改変したものであり、両者は対立するものではない。古典言語としての日本語を学ぶことは、現代日本語の理解を深めるための方法のひとつであるとも言えるであろう。中世以降の和漢混交文に、近代以降ヨーロッパ世界から輸入された諸言語の、さらに混交したものが現代の日本語であると私は考えている。

サークルによる文学活動について

Yabukiri

Yabukiri

 文学活動をサークルとして行なう場合、自分たちの仲間を多く集めたいという理由で、敷居を下げてしまうことがある。
 和歌や俳諧など、古典的な定型詩の世界には約束事のようなものが多くあるが、それについては大目に見ようということになる。文学様式のレベルのみでなく、語学のレベルに於いても基準を甘くするようになり、究極的には文語文法や歴史的仮名遣いの正格でないものまで許容するようになる。
 サークル外の人間から見ると、それは奇妙な光景に映る。高校の古文の授業で学んできた文語文法や歴史的仮名遣いの知識はサークル外の人間も持つものであるから、そのサークルで行なわれている文学活動が、おかしなものであるように感じる。
 決してサークル内には入って来ないであろうサークル外の人間に対しては、サークル内の人間の態度は厳しい。「学校で教えることがすべてではない」と言い放ち、自己を正当化するようになる。古文で学んだ文法と現代文で学んだ文法とが混在する独創的な文体ができあがる。
 文学活動よりもサークルの維持・拡大が主眼となり、話し相手が欲しいだけの社交を目的とした集団になると、作品の品質も作家の倫理もおかしくなってゆく。文学が自己表現の手段であることを逆手にとり、読者不在の詩文を書きまくる。仲間内の狭い空間で盛り上がり、サークル外の人間からの言葉には耳を貸さなくなる。仲間を擁護するあまりサークル外の人間に敵対することさえある。
 そのような閉鎖的な空間は居心地の良いものであろうが、すでに外部との交流は自ら絶ち切ったも同然なので、組織の維持・拡大のためには、新しい世代を自分たちの仲間に引き摺りこまざるを得ない。そのようなサークルがウブな初心者を勧誘することになる。初心者は、優しく声をかけてくれた先輩のいるサークルに入会してしまうかも知れない。そして、閉塞したサークルの空間の中で、サークル内でしか通用しないような詩文を書き、サークル内の仲間の書いた詩文を読んで、時間を過ごすことになる。

 文学が好きでも、文学活動を行なうサークルには入会しない者もいる。生活のための仕事に時間を割かなければならず、学業を優先するために学術的な専門書などに金銭を費やす者たちである。そのような者は独学で文学を探究する。第二外国語を学習することによる語学的な世界の拡がりもあり、日本の古典文学のみならず、世界文学や哲学・思想の分野にまで興味を抱き、その知的世界の拡がるままに、自由に読書を重ねることになる。
 時間的・経済的な制約の強い者には余裕がない。仕事や家事に勤しむようになると、なかなか自分の自由になる時間はとれないものである。文学書を後回しにして実務的な書籍を読み、資格試験に備えて受験勉強したりもする。それでも文学が好きな者は、文学や哲学の書籍を読み、自分なりに文章を書き始める。

 21世紀の現代、ウェブの時代になり、地理的・時間的な制約がいくらかは緩和されたとは言え、やはり文学の中心はメディアの多い東京にあり、首都圏や関西圏などでサークルを形成する方たちが、文学の世界でも優位であるように思える。
 彼らも社会人としての経験は積んでいるはずなので、あまり内向きではいられないはずなのだが、ときにサークル活動のような側面の垣間見えることがある。仲間内で盛り上がり、作品よりも人間関係を慮り、サークル外の人間からの言葉には耳を貸さない。当然、読者の増えることもなく、仲間内で作品を流通させ、まだなにも知らない初心者を勧誘して、自分たちの組織の維持・拡大に努めようとする。彼らは、仲間内での飲食や旅行に忙しい、社交を目的とした集団を形成しているようにも見える。
 そんな彼らを「人間関係派」と名づけたい。中村草田男・加藤楸邨・石田波郷ら「人間探究派」は素晴らしい遺産を俳句の世界に残してくれたが「人間関係派」は短歌や俳句の世界に、どのような足跡を残してくれるのであろうか。