キジバト

Oriental turtle dove

Oriental turtle dove

 今年の冬は、遠州でも寒かった。雪の降ることはなかったが、例年になく、冷たい空気を感じることが多かった。
 草の実などが枯渇する厳冬期にあたり、野鳥のために、庭に少量の穀物類を撒くことにした。これは、老父と老母の慰めになることを願ってのものでもある。
 やがて庭には、シジュウカラ、スズメ、シロハラ、キジバトが来てくれるようになった。
 シジュウカラは器用な鳥で、ナッツフィーダーからヒマワリの種子を引き出し、皮を剥いては食べている。スズメは群れて来て、地表に撒かれたキビやヒエなどを食べるのであるが、警戒心の強い鳥で、ガラス戸を隔てた屋内で人影が動いただけでも飛び立ってしまう。シロハラは冬鳥で、いつもは見付天神の森の林床にいるのであるが、毎日のように飛来していた。
 キジバトが庭に来るようになったのは、冬も終わりの頃である。キジバトは身体も大きく、他の野鳥たちに比べて、おっとりしている。どういうわけか、私の家の近辺には、ドバトがいない。家禽から野生化したドバトは、今之浦公園などに多く、ベンチで昼食を摂ろうとすると、なれなれしく近寄ってくる。キジバトには、そのような厚かましさはない。むしろ、近づくと飛び立ってしまう。

 もらいもののミカンをもてあますという経験は、遠州人であれば、ありふれたことかも知れない。また、そのミカンを吊るしてメジロに与えるという行為も、みながよくすることであろう。そして、そのミカンをヒヨドリに食べられて憤慨するという経験もまた、ありふれたものであるように思う。ヒヨドリは、メジロを追い払ってミカンを食べるからだ。
 しかし、ヒヨドリの方がミカンを綺麗に平らげてくれる。メジロは、ミカンの実をつつくだけで、あとにはミカンの房が残る。ヒヨドリは、ミカンの房ごともぎとってゆくので、吊るしてあるミカンには外皮しか残らない。
 穀物類を食べる四種に、ミカンを食べる二種を加え、庭には六種の野鳥を迎えることになった。狭い庭が、随分と騒がしいことになったが、三月になり、暖かくなってきたので、野鳥に食べ物を与えることは終了した。

 インフルエンザなどが流行して、冬の間、伯母の見舞に行くことができなかった。病院の方で、見舞客の来訪を禁じていたのである。三月になり、訪問ができるようになったので、日曜日に老母を病院に連れて行った。
 脳梗塞で倒れた伯母は話すことができない。胃瘻で栄養を得てはいるが、以前よりは体力もなく、寝たきりになっている。胃瘻では、食べる楽しみがない。生きる気力も衰えないか、と心配になる。
 従姉の話では、二月には肺の状態などの良くない時期もあったということで、老母は伯母の死をも覚悟していた。しかし、そのような不幸の訪れることもなく、春の暖かい日を迎えることができた。私たちが見舞をした日は、伯母にも元気があって、ただひとりの妹である老母の手を、強い力で引いたりもした。
 伯母の顔を見てみると、血色も悪くはなく、視線も真っ直ぐである。水分補給のためか、点滴をしていたが、それほどひどい容態ではない。伯母には、彼岸に墓参したことなどを報告した。

 穀物類を撒くのをやめた後も、キジバトは庭に訪れて来ている。スズメとともに、今まで食べ残してしまった分を、根気よく探してはつついている。留鳥は、つねに私たちのそばに居てくれる。ありがたい存在である。

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