スズムシ 其之七

suzumushi

suzumushi

 今年のスズムシも成虫になった。例年どおりの時期である。
 今年は孵化が遅かった。昨年までは五月四日には孵化していたのだが、今年の孵化の初日は五月二十日である。二週間以上も遅い。孵化のピークは五月末日頃で、やっと安心できるような頭数にまで増えた。幸い、その後は順調で、食糧として与えているナスの食べ方も旺盛である。このナスは拙宅の庭で老母に栽培して貰っている小さな品種で、なるべく新鮮なものを適量ずつ提供している。
 スズムシの孵化が例年に比べ二週間以上も遅れたことの原因は、気温の関係かと推測している。今年の四月から五月上旬までは、雨や曇などの天候で太陽光が室内にまで届かず、室温が上昇しなかった。
 幼虫を飼育するマットを、これまでの赤玉土から砂に変更して、乾燥した状態を保つようにしたら、カビに悩まされることがなくなった。海岸にゆけば砂はいくらでもある。最も細かくて綺麗なところを、ほんのすこしだけいただいて持ち帰り、高温の真水で塩分を洗い流す。乾燥した砂は滑らかで、さわっているだけでも癒されるものである。

 スズムシは亡くなった父方の伯母の遺産である。伯母は、私の父の兄弟姉妹の中では長姉にあたり、私にとっては祖母のような優しい存在であった。
 伯母夫婦には娘がふたりいる。私が「姉さん」と呼ぶ方たちであるが、私が小学生のときには、すでにふたりとも実家を出て暮らしていた。そんな夫婦ふたりきりの生活の中に、小学生の私がとびこんで暮らしていたことがある。夏休みの一週間か十日ほどである。
 伯母は、近所に住む同年代の男の子たちに私を紹介してくれた。私は直ぐに受け入れられ、仲良くなって、一緒に遊んだ。町の子だからといって、いじめられるようなことはなかった。私が持参したオートバイのプラモデルを喜んでくれた。それまで男の子のいなかった伯母の家に、男の子の集団があがりこんで騒いでいた。もちろん戸外でも走りまわって遊んだ。その楽しかった感情だけが、ふわりと心の中にある。
 そこは浜名湖のほとりにある集落で、私にとっては懐かしい場所である。

 現在、その集落へのバス路線は廃止されてしまっている。伯母のいた家には従姉夫婦たちが居住しているが、食料品の買物や通院などは自動車ですませているようだ。もはや自動車は生活必需品である。浜名湖には水上交通による公共交通機関の存在したときもあったらしいが、現代から考えれば羨ましい話である。

カブトムシ 其之二

Japanese rhinoceros beetle

Japanese rhinoceros beetle

 飼育していたカブトムシの幼虫が七月に全て羽化した。
 三齢幼虫の段階で四頭を飼育していたのだが、羽化してみたら四頭とも雄である。男の子ばかりが四人生まれ女の子に恵まれなかった父親の残念な気持を、少しばかり味わうことができたような気がする。
 幸い、いずれの虫もかたちが良く元気である。雄同士を同居させると喧嘩して夜の騒がしくなることが解っていたので、百円ショップで 1個108円の飼育ケースを買い求め、四頭に四個のケースを割り当てて、玄関に並べてみた。
 雄は、やはり元気が良い。ある朝、ひとつの飼育ケースを覗いてみるとカブトムシがいない。小さな飼育ケースは出入口の締まりが緩すぎて、その出入口を自力で抉じ開けてカブトムシが出奔してしまったというわけである。老母に報告して、カブトムシを踏まないように注意した後、まだ拙宅の外部には出ているはずはないと考えて捜してみると、案の定、玄関の扉に張り付いている。
 老母が朝刊を取りにゆく際、玄関の扉を動かしたはずであるが、それには巻き込まれなかったようだ。玄関先は明るいので、正の走光性を予想して捜索したわけであるが、見つかるまでにものの五分とかからなかった。あとは木製の扉にしがみついている雄のカブトムシを引き剥し、飼育ケースに戻すだけである。
 拙宅は住宅街にある。樹液を供給してくれるようなクヌギやコナラはない。カブトムシを街中へ出すことは自動車の通行などで危険だ。飼育には、過酷な環境や外敵から個体を保護するという意味もある。

 私はベテランの昆虫飼育者というわけではない。
 五年前からスズムシの飼育と繁殖に取り組んでいるが、これは亡くなった父方の伯母の遺産を絶やさないためである。私には動物を飼育するような時間的な余裕はないのであるが、このスズムシの飼育だけは、なんだか天命を受けたような気がして取り組んでいる。
 スズムシの誕生から死滅までは夏秋の儚い期間だけであり、冬春は卵の状態で過ごしてくれるので、飼育の要点さえつかむことができれば、それほど手間はかからない。もともと自然観察を趣味としていたこともあり、不完全変態の昆虫のみならず、完全変態の昆虫の飼育と繁殖についても知見を得たいと考え、昨年からカブトムシを飼育するに至った。
 カブトムシの幼虫は腐葉土の中に生きる。腐葉土を住居とし食糧として成長するのである。腐葉土はホームセンターで容易に取得できる。大雨の降った後に森へ行き、湿った朽木を拾ってきて食べさせるのもいい。カブトムシの幼虫は腐葉土や朽木を食べ、黒くて硬いペレット状の糞をする。冬の間、その糞を取り除く作業をしなければならないが、土に触れる作業は気持の良いものである。

 カブトムシを次代につなげるためには雌の存在が必要である。私は週末の早朝に森へ向かった。幸い、小さな雌を二頭、捕獲することができたので、飼育ケースに二頭を同居させて飼育している。いずれ産卵場の設備が整ったら、雄と同居させて卵を得るつもりであるが、繁殖しなければしないでもかまわないというような気持でいる。
 私に時間が足りなくなって、面倒を見られなくなる可能性もある。もともとが近くの森から捕獲してきたものなので、森へ返せば終わりである。そんな気楽な付き合いである。

 追記。その後、さらに雌を二頭捕獲した。産卵場に四頭の雌を飼育している。