ミスについて

Oriental false hawksbeard

Oriental false hawksbeard

 ケアレスミスは世界最悪のミスである。
 数学の試験などにおいて、イージーなところで、読みミス・書きミス・計算ミスにより失点することほど最悪の事態はない。とはいえ私たちも人間であるから、ヒューマンエラーから逃れることは難しい。ヒューマンエラーは起こるものとして、それを早期に発見し、早期に修正することができれば、少々時間を失うことにはなるが、失点にまで至ることはない。
 そのためには「修正能力」が重要である。その時・その場で与えられるルールを早期に把握し、誤りを早期に発見して、書きかけた解答を早期に修正する、メンタルなレベルでタフな実力を保つことである。これはスポーツなどとも共通する。その時・その場で与えられるルールの把握や自分の答案の見直しと修正に時間を割くために、事前にできることは可能なかぎり準備しておくことが必要だ。定義や公式などを暗記するくらい身につけておくことは「修正能力」を保護するための措置なのである。
 もちろんミスを修正するためには、ミスを認識する能力が必要であることは言うまでもない。これはポイントカードの出現などで高度に複雑化した現代の消費行動などとも共通するものだ。店員が、釣銭を間違えたりレシートを渡し忘れたりしたとき、それは釣銭の検算やレシートの受領の確認を怠った自分の責任だと私は考えるようにしている。そのようにしてミスを認識する能力を鍛錬している。

 数学の基礎は数学用語の定義を確実に覚えることにあると思う。その意味で数学は他の科目と変わらない。どんな科目でも基本的には「知識」が問われる。「技能」としての計算能力がケアレスミスを許さない厳しさにあるため、その訓練の欠かせない科目ではあるにしても、基礎知識としての数学用語を理解していなければ、問題文を読むことすら難しい。問題文を適切に読むことができなければ、計算能力を発揮することもできない。もちろん解答することもできない。数式は、数学における表現を特徴づける重要なものであるが、解答の骨子としては、数学用語を適切に用いた論理的な文章が存在すると考えている。

 現代はケアレスミスの許されない社会である。
 地方では自動車の運転が当然のこととされているが、自動車の運転ミスは、最悪の場合、死につながる。銀行ではオンラインでの口座開設を強要されるが、それはサイバー空間の中で全財産を失うリスクに身をさらすことでもある。モータリゼーションや高度情報化は、ケアレスミスやヒューマンエラーに対して、とてつもない損害賠償を要求する過酷なものである。
 しかし、普通自動車免許を保持していなければ、地方で就職することは先ず不可能である。大都市圏に御住まいの方には理解していただけないかも知れないが、交通手段である電車もバスもなく、食料品店や医療機関までの距離が遠い地方都市では、自動車なくしては満足な生活は営めない。また、パソコンやウェブを使いこなす能力に乏しければ、当然のように仕事もない。現在の高齢者たちが現役であった時代には、このような能力がなくても就職でき、生活してゆくことができた。現代の現役世代は、昔日の現役世代よりも重い負荷を課せられている。
 自動車とパソコンの操作能力が必修である現代社会において、最も重要な能力は「ミスをしない」能力である。少しでもミスがあれば、それを起因として重大な損失を負うことになる。生命も積みあげてきた財産も一瞬の内に奪われる。そのようなリスクの高い社会に私たちは生きている。
 こうした社会に於いては、例え容易だと思われる問題でも慎重に取り組む姿勢を育まなければならない。数学などはケアレスミスの多い生徒には辛い教科であろうが、それは社会に出てから取り返しのつかない致命的なミスをしないための予行演習であるとも考えられる。ケアレスミスこそ最悪のミスであると考え、それを克服することが、数学の得点をあげるコツでもあり、ミスの少ない人間になるための訓練であるように思う。