スズムシ 其之二

Suzumushi

 スズムシの一匹が成虫になった。昨年、従姉から貰い受けた、伯母の育ててきた血統である。
 元来、どこの由来のスズムシであるかは判らない。スズムシたちの、直接の保護者であった伯母は亡くなってしまった。伯母も、近在の誰かから貰い受けたものであろうし、それは既に遠い記憶で、誰も知りようのなかったものかも知れない。ひとに慣れたスズムシで、これらも一種の家畜であろう。
 私には、スズムシを飼育した経験はなかった。前年の夏から始めた家事である。六月に、父の代理で伯母の一年祭に参列してきた。その頃には、もうスズムシの卵は孵化していたのだが、従姉や、その家族たちと、その話題をすることはなかった。私自身が、スズムシを成虫にまで育てることができるか、不安であったこともある。
 実際に飼育を実践してみると、それに必要な知識は、単に昆虫に関する知識のみではないことが、よく理解できる。
 私は、まずスズムシを、よく観察することから始めたが、そのためにはルーペをうまく使う必要があった。これまでの自然観察の経験で、ルーペの基本的な使い方については習熟していたつもりであったが、水の表面張力にも劣るような、非力な幼虫の生命を守るためには、さらに細心な観察が必要であった。太陽光線をうまく取り込み、自然光の中で、幼虫の脚まで鮮明に観察するよう心がけた。
 生物を飼育する際に「水」(H2O )は重要な要素である。生物の体内に必要ということもあるが、温度や湿度を管理するための手法としても重要である。5月下旬の孵化を促す時期には、湿度を上げるために赤玉土に水分を含ませた。カビの発生に悩まされると、それを抑制するために乾いた赤玉土を入れ替えた。塩素系の化学物質を使用することはできないのである。
 スズムシは夜行性の昆虫なので、触覚が長い。白い触角を長く伸ばし、黒い胴を黒い脚で支えている幼虫の姿は、成虫の姿を、そのまま小さくしたようなもので、親しみがもてる。ここがカブトムシの幼虫とは違うところで、イモムシの時期がないのである。
 幼虫が、順調に成長してくれば、エサも食べるようになる。身体も大きくなって、個体ごとの占有面積の確保も重要な課題になってくる。蛋白質やカルシウムを与えつつ、経木や竹炭、キャベツやナスなどを利用して、少しずつ居住スペースを拡げてゆく。経木の倒れることのないよう、赤玉土に起伏をつけて創りだした飼育ケースの中は、小さな都市空間のようでもあり、箱庭をつくるような面白さもある。数日前に、メッシュ生地の飼育ケージを拡げて、基本的な飼育スペースは最大限になった。
 もちろん、必要最低限の資産と費用で運営している。飼育一年目である今年は、時間もだいぶ取られたが、生命現象は不可逆的なものである。優先的に時間を割いた。なにごとでも、仕事というものには共通の要素がある。そんなことも感じた。
 私は音楽が好きだ。野鳥や昆虫が好きなのも、それが綺麗な声で鳴いてくれるからである。戸外では、シバスズやマダラスズ、ニイニイゼミなどが鳴いている。彼らは姿が小さすぎて「草が鳴いている」「木が鳴いている」とも思えるほどだ。
 家に居ても、自然の音楽が聞こえる季節になった。

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