空を観る

sky

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 朝食後、勉強を始めたが、読んだものが頭に入ってこない。
 晴天であれば外に出たいと考えていたが、拙宅の居間から見える空は薄曇である。「今日は家で勉強します」と老母に告げ、勉強部屋に戻った。長い文章を読み銘記を試みるのだが、上滑りになるだけで理解できていない。理解できないものを記憶することはできない。こんな状態で勉強を続けていても、勉強が嫌いになるだけである。それでも九時半くらいまでは続けて、休憩することにした。
 老母は珈琲が好きで、コーヒーマシンには私の分も残しておいてくれてある。その珈琲をボトルに入れ、フィールドスコープと双眼鏡を持って家を出た。
 コンビニエンスストアでネットプリントを出力し、ガソリンスタンドに寄って洗車をした。自動車をタオルで拭きあげていると、なんとなく光の量が増してくるような気がした。
 道沿いにはツツジの花が満開で、新緑も瑞々しく、外出して良かったと思える好天になった。海岸に向かって見晴らしの良い場所に出ると、青空も拡がった。ウィンドウをすべて開け放ち、リアーナの新しいアルバムを聴きながら、自動車を走らせる。

 公園ではクローバーの花が満開で、その白い風景が印象に残った。フィールドスコープと三脚を担いで道を歩いてゆくと、モンシロチョウがひらひらと舞うように飛んでいる。タンポポは綿帽子になったものが多く、風の強い場所にあるものは、もう綿毛を飛ばしてしまったようだ。ニワゼキショウも可憐な花を咲かせている。
 座りやすい場所を選んで腰を下ろした。コンパスで方位を確認し、太陽の位置を見あげる。雲に隠されてはいたが、その輝きは強く、雲が動いて淡くなると、周囲の明るさも増すように感じられた。川沿いにある公園で、野鳥を観察することを主な目的としていたが、昨夜の降雨のせいか水の量が多く、釣り人もいて、野鳥の姿は、あまり観ることができない。
 最近は、空や雲を観察するようになった。まだ、それほど詳しくはないのだが、高い層にある薄い雲の前を、低い層にある厚い雲が横切ってゆくのを観たりすると、俄然、面白さが増してくる。青空を背景に、白い雲が流れるのを観ながら、持参した珈琲を飲む。
 海風を感じながら、キジの鳴く声を聴く。どのくらい経っただろうか、自然に今朝の勉強で覚えることのできた幾つかの単語が頭の中に甦ってきた。さらに文章を思い出そうと試みるが、なかなか続かない。それでも想起することは重要で、例え少しの言葉でも思い出せたことは収穫である。思い出せない部分は覚えなおせば良い。
 コンパスによると太陽は南中である。そろそろ帰ろうかと腰をあげた。フィールドスコープも双眼鏡も、ケースを開くことさえしなかったが、それで良い。
 強い海風に吹かれて、草原がベクトル図のように揺れ動いている。その様子を見ながら駐車場に向かって歩いた。目の前をコジュケイが横切る。あまり見ることのできない珍しい野鳥である。

 勉強が進まなくなったら、外に出てみることだ。自然のある場所が良い。ツバメの飛ぶ姿を観て、帰路に着いた。

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