コハクチョウ 其之三

Bewick's Swan

 十一月最初の日曜日の地方紙に、コハクチョウの到来を告げる記事が掲載された。今年は五羽が飛来している。
 その日は、伯母の見舞いに行く予定があった。伯母は老母の唯ひとりの姉だ。
 強い雨の降る朝である。日曜日には食料品の買物もしなければならないので、コハクチョウを観にゆくのであれば、朝のうちにと思っていたが、その思いはかなわなかった。午前中に買物をすまし、午後に伯母の入院している病院へゆくことを、老母と決めた。
 先日、セルゲイ・パラジャーノフという映画監督の主要な作品が、ウェブで観られることを教えていただき、私は、その作品を観ていた。同じ作家の作品を、制作された順序で連続して観ると、その作家を理解しやすくなる。彼の映画は、構図が明確であり、色彩が豊かなので、眺めているだけでも楽しい。私は、彼の映画における、家畜や家禽の存在に興味深いものを感じた。馬、羊、鳩、鶏、七面鳥、駱駝…人類は親しい動物たちとともに生きてきたのだと思う。
 私には、犬や猫を飼うような経済的、時間的余裕がない。鈴虫を飼育してはいるが、冬には姿を消してしまう。冬に、動物に会いたいと思えば、野鳥を観にゆくことになる。幸いなことに、冬鳥たちは毎年、同じ場所に飛来してきてくれる。同一の個体か、その子孫かと思うが、彼らの記憶の中に、私たちの遠州があることは嬉しいことだ。
 予定どおりに家事をすませ、午後には隣の市にある病院へ自動車で向かった。以前のように、毎週通うようなことはなくなったが、それでも見舞いに行かない月はない。今月は、訪問する前日に従姉から電話があった。伯母は体調を崩しているらしい。 
 実際に訪れると、伯母は酸素マスクをしていた。ベッドのかたわらには、血圧(Systolic, Diastolic )や心拍数(Heart Rate )、酸素飽和度(SpO2 )などを計測するモニターが置かれている。その機械にはアンテナが付いている。患者の急変を、無線で知らせるためのものであろう。
 伯母の表情は穏やかで、モニターの数値も安定している。英語の読めない老母に、モニターでの表示の意味を話して安心させる。医師も看護師もいるわけではない。ただ、伯母の顔を見るだけの訪問である。伯母には言語障害があり、時間の過ごしようもない。
 今回は、従兄姉たちとも会わなかったので、病院から早くに退出することになった。私は、老母の気分を晴らしたかった。十月桜を観にゆこうか、とも話したが、老母はコハクチョウの話題を好んでいたので、桶ヶ谷沼へコハクチョウを観にゆくことに決めた。自宅に寄り、フィールドスコープを車載して、桶ヶ谷沼へ向かった。「いるとはかぎらないよ」とは言っておいた。
 コハクチョウの塒のあるのは、桶ヶ谷沼の少し北にある鶴ヶ池で、私は先ずそこに自動車を走らせた。報道のせいか、やはり先客がおり、コハクチョウの帰りを待ってカメラを構えている。テーブルで湯を沸かし、珈琲を飲んでいる。気さくな老母は彼らと会話をしていた。私は、コハクチョウの不在を予期していたので、台風での被害がいかほどであるかを確認するために、違う場所を目指した。コハクチョウの塒に近い辺りを歩いた。
 老母の気晴らしが目的なので、コハクチョウのいないことを知りつつ、桶ヶ谷沼を訪ねた。自然の中を歩くだけでも、日常の生活に倦んだ気持を発散できると考えてのことだ。果たして、その目論見はあたり、というのも幼児を連れた若い母親がいて、老母は、その幼児と会話を始めたのだった。老母は幼児が好きなのである。
 その幼児は男の子で、カマキリやモンシロチョウなどを見つけては喜んでいた。歩きながらの会話であるし、初対面なので、たいした言葉を交わしたわけでもない。私は、老母のためにフィールドスコープを低く立てて、ダイサギや、マガモ、コガモ、オナガガモなどを観せた。その男の子のために、さらにフィールドスコープを低くした。先ず、男の子の母親に観てもらい、それから男の子に覗かせた。まだ幼児には早い趣味である。私たちは帰路についた。
 男の子は元気が良く、若い母親をからかうようにして急に走り出したり、私の老母を見て笑ったりした。老母にとっては、コハクチョウそのものよりも、それを観にくるひととの交流が嬉しいようだ。自然を楽しむことは、自然観察を楽しむひととの交流を楽しむことでもある。

 追記。後日、その日の偵察をもとに写真を撮影しました。

ラグビー観戦記 2011.10.29 ヤマハスタジアム

Yamaha Stadium


 
 絶好のラグビー日和に恵まれたなら、その試合には二倍の価値があると考えて良い。
 2011- 2012 トップリーグ開幕戦。ヤマハ発動機ジュビロ vs NTTコミュニケーションズシャイニングアークス。2011年10月29日(土曜日)13:00 キックオフ。
 私は徒歩でヤマハスタジアムに向かうので、シャツ一枚の薄着で出かけたのだが、試合終了まで寒い思いをすることはなかった。赤とんぼが優雅に芝生のうえを横切っている。
 試合開始前には、両チームの選手たちが登場して、ウォーミング・アップを始める。試合そのものとともに、彼らの練習する様子を観ることも、また楽しいことである。リラックスした雰囲気を保ちつつ、シビアにコンディションを整えてゆく選手たち。今期からチームの指揮をとる清宮克幸監督や、長谷川慎フォワードコーチの姿も見える。
 キックオフ。前半開始直後からスクラムを多く観ることになった。エンゲージがうまくゆかないらしく、何度も組み直す場面を観た。レフリーの相田真治さんは、シャイニングアークスの選手に注意を与えている。スクラムは正しく組まないと危険なのだ。うまく組むことのできない選手は反則になる。フリーキックの権利が与えられても、ジュビロはスクラムを選択する。
 ラグビーの多くの試合がそうであるのと同様に、前半は勢力の拮抗した闘いが続いた。得点としては、ヤマハ発動機ジュビロが僅差でリードする展開であったが、前半終了時に、五郎丸歩選手が長い距離のペナルティー・ゴールを低い弾道で決めて、7点差のリードとした。ワントライ・ワンゴールの必要な7点という数字は、ラグビーを考える際に基準となるものだ。
 後半は、開始早々に徐吉嶺選手のダイナミックなランがあり、それをサポートした大田尾竜彦選手のトライがあった。続いて、マレ・サウ選手の相手ラインを引き裂いてのトライ、田中渉太選手の大きく回り込んでのトライと、バックスの活躍が目覚しい。ジュビロのナンバーエイト、モセ・トゥイアリイ選手のトライは決定的であった。五郎丸歩選手によるコンヴァージョン・キックも、すべて決まり、得点差を拡げてゆく。
 密集ではシャイニングアークスに圧倒されている時間帯もあった。ハンドリングに精度を欠き、ラックで押し込まれ、ボールを奪うこともできない。シャイニングアークスのナンバーエイト、フォトゥー・アウエルア選手は体格に優れており、彼の突進を止めることができず、トライをゆるした。
 後半終了時、マイボールをタッチの外側に蹴り出さず、前方へ向けて蹴り、八木下恵介選手がインゴールで押えたプレーは、素晴らしかったと思う。五郎丸歩選手のコンヴァージョン・キックも決まり、気持の良いノーサイドをむかえることができた。