ラグビー観戦記 2010.12.18 ヤマハスタジアム

Yamaha Stadium

 多いときは年間に四試合ほどあったホームゲームも、今年は二試合に減ってしまった。ラグビーをライブで観戦できる機会は少ないので、ヤマハスタジアムに行かずにはいられない。徒歩圏内にラグビー場があるということは、幸福なことだ。
 ヤマハ発動機ジュビロ vs 豊田自動織機シャトルズ。2010年12月18日(土曜日)13:00 キックオフ。同じ東海地方のチームではあるが、豊田自動織機シャトルズは苦戦していて、トップリーグでは最下位である。ヤマハ発動機ジュビロのトップリーグでの順位も、誇れたものではないのであるが、なんとか勝ち点だけは積み重ねていて、下位リーグへの降格だけは免れそうだ。ファンの多くは、気持の良い勝ち試合を期待して、スタジアムに足を運んだことと思う。快晴にも恵まれた。
「キング・オブ・スポーツ!(king of sports )」と場内のアナウンサーは繰り返した。やや年配の、ラグビーには詳しい知識を持った人物らしい。とりあえずは選手名を正確に言うことを心掛けているようだ。確かに、人の名前を間違えることほど失礼なものはない。ラグビーは変わらないが、選手は代を替えてゆく。
 レフリーは吉浦忠孝さん。きびきびとした身の軽いレフリングで好感が持てた。アシスタント・レフリーに相田真治さんがいて、少し懐かしい気がした。レフリーも代を替えてゆくようだ。彼は、後半に豊田自動織機シャトルズの選手が進路妨害(Obstruction )の反則をしたことを、レフリーの吉浦忠孝さんに教えた。ヤマハ発動機ジュビロの選手が、敵陣深く走りこもうとしたときに生じた反則である。
 ラグビーの反則に故意と呼べるものは多分なくて、その殆どは選手のあり余る闘志の暴走によってなされる。ただ心配なのは、ケガをしないか、ということで、そのケガは試合後に選手を苦しめることになる。観客である私たちも、選手が苦しむことなど望んではいない。監督やコーチ、スタッフ、選手たちの全員が、それを望んではいないのである。
 レフリーの仕事の第一の意義は、とりかえしのつかないような悲劇を防ぐことにある。危険なプレーに重い処罰が下されるのは、そのためである。これは、サッカーでも同様である。サッカーとラグビーは、その根源を共にする兄弟のようなスポーツで、人類学的にも興味深いものである。
「ラグビーフットボール!(rugby football )」と場内のアナウンサーは繰り返す。いささか感情移入の過ぎるような調子で、微笑ましいくらいだ。試合は、後半終了の最後のプレーまでもつれ、ワントライ・ワンゴールの課題を、なんとかヤマハ発動機ジュビロが成し遂げ、勝利することができた。最後のホーンが鳴った後、ボールをつないでゆくシーンは素晴らしかった。五郎丸歩選手のコンヴァージョン・キックも手堅く決まった。
 最高殊勲選手である「マン・オブ・ザ・マッチ (man of the match )」には、オープンサイドのフランカーを務めた河本明哲選手が選ばれた。主将である串田義和選手が、ケガで欠場した穴を埋めての活躍である。白い絆創膏が印象的だった。

広告