スズムシ 其之六

suzumushi

suzumushi

 今年のスズムシも成虫になった。
 五月初旬に孵化してから、二ヶ月半を過ごした、おそらくは早生まれの個体であろう。スズムシの孵化は、五月下旬頃がピークであるから、まだ幼虫の大半は、小さな体をしている。それでも日増しに大きくなるので、ケースを大きいものに移し変え、経木の枚数を増やして、個体あたりの占有面積を確保している。スズムシの、美しく長い触角を保つためには、広いスペースを保つことが必要だ。
 聴いて美しい、見て美しいスズムシを育てたいと考えている。産卵の管理や卵の保管、孵化の促し方については、知識や技能を蓄積してきた。生まれてからの幼虫の管理で、触角を折ったり、脱皮に失敗したりする不幸な幼虫を減らしたい。そのためには、幼虫の個体の大きさに応じて、適切なスペースを保つことが必要であると考えている。狭い空間に多数の個体を閉じ込めることにより、個体同士が接触して、触角を失うなどの事故が起きるのではないか。混み合う状況では、スズムシたちもストレスを感じるのではないか。
 幼虫の住む空間を十分に確保し、清潔にしておくことを心がけた。スズムシは、自ら排泄した黒くて小さな粒を蹴り飛ばすのであるが、ケースの内壁に跳ばされた排泄物は、アルコールを含んだ脱脂綿をピンセットで挟んで、綺麗に拭い取っている。
 カビの生えることは少なくなったが、「小さな黒いハエ」が発生するようになったので、すべての土を一度は取り替えた。「小さな黒いハエ」は、湿った土に卵を産みつけるのである。
 「小さな黒いハエ」のウジは腐りかけたものを好むので、古い餌を置かないことも大事なことだ。スズムシの餌にはナスを主として与えているが、幼虫の食べられる分量に細かく切り分けているので、大きなナスでは一個を消費するのに数日を要する。ラップで包んではいても、冷蔵庫の中の切り残しのナスは鮮度を失い、切り出す頃には古いものとなってしまう。スズムシたちも、それを食べないわけではないのであるが、やはり新鮮なものを好むようである。
 スズムシは夜に活動するので、夕暮れ頃に切り立てのナスを供するのが、最も喜ばれるようである。ナスには細かい切れ目を入れ、小さな幼虫でも食べやすいように配慮している。
 ナスの栽培は庭で行なうので、老母の管轄であり、去年は小柄な品種を育ててもらったのであるが、今年は、どういうわけか大きなものの苗を、老母は選んでしまった。大きなナスではスズムシの餌として扱いづらい。取りたての小柄なナスを適切な頻度で提供することが理想なのであるが、このことを老母に理解していただく努力が足りなかったせいだと、私は反省している。