スズムシ 其之九

suzumushi female

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 九月初旬には、最後の終齢幼虫も成虫へと羽化し、産卵場の準備をすることとなった。
 産卵場はガラス製の浅い広口瓶で、中には木製(ヤシの仲間かと思う)のマットが敷かれている。スズムシは湿ったところに産卵する習性があるので、大きな飼育ケージの中の、この広口瓶の中にだけ水分を含ませておくと、そこに集中して産卵する。冬の間、大きな飼育ケージは片付けてしまい、小さな広口瓶だけを保管する。収納に場所をとらない工夫である。

 スズムシはキラキラと輝くように鳴く。小さい個体の鳴き声が重なりあい、大きなうねりとなるが、それは一定の周期を持ち、ときに静止する。そして、また鳴き出す。そんなことを夜の間、繰り返している。
 私は、その声を聴きながら眠り、その声によって目覚める。

 九月から、認知症の老父をデイサービスに預けることが決まった。認知症ケア専門士の資格をお持ちのケアマネージャーさんと契約して、市内の施設に週二回程度、御世話になることになった。老母の負担を考えてのことである。
 老母は老父と同年代であり、認知症ではないが「老い」ながら生きなければならない存在である。老いながら認知症高齢者の介護をすることは、かなり難しいことではないかと私は思う。認知症は精神疾患である。精神医学の知識も経験もないのに、いきなり精神疾患の患者との同居を余儀なくされることは、同じく高齢者である介護者にとって、負荷が重過ぎるのではなかろうか。
 デイサービスに通い始めた老父は自宅に帰りたがることもある。老母や、息子である私とともにいる方が、精神的に安定するであろうことも解る。しかし、外出に伴えば「早く帰りたい」と言い、留守居をさせれば戸外へ出てしまう老父を持つと、思うように外出や買物もできない。老母の外出や買物には、基本的に私が運転手になる必要があるので、老父は、外出に伴うか留守居をさせるかしかないのであるが、そのどちらともうまくゆかないのである。
 しばらく前までは、そんなこともなかったのであるが、この半年で症状は進行した。老父が排便を失敗しだしたのが、昨年の冬である。老人用のおむつを買いに行って店員さんに「おむつ券」による自治体からの補助があることを教えていただき、介護認定を受けた。要介護度は軽いが、認知症による妄想や奇行などがあり、通常の高齢者の介護とは質が違うように私には思える。
 
 それでも自宅で介護しろということだから、老母と私はふたりで協力して介護の体制を構築している。日常の食事や整容などは老母が面倒を見る。法律上の書類作成や契約などは私が行なう。老母に体力がなくなれば、私が家事と介護を引き受けることになる。私が家事検定で三ッ星シュフの称号を得たのは、こうした事態を想定してのことである。結婚や育児のような晴れがましい目的のためではない。
 
 スズムシの雌はさかんに産卵管をマットに突き刺している。ガラス製の広口瓶の内側には、既に幾千もの卵が貼り付いている。来年の初夏には、この卵から新しい初齢幼虫が孵化してくれることだろう。未来につながるなにかが、私の生をも牽引してくれているのだと思う。

 
  
 
 
  

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