Workshop

(2014.09.13 )(初稿 : さとうはな)(改稿 : 羊坂珠音)

 

 
なんでもないことの美しさ

 

 夏休みにプリンスエドワード島へ行った。
 わたしの住むトロントからは約一七〇〇キロの道程である。友人と運転を交代しながら、二〇時間ほどを自動車で走った。プリンスエドワード島州は、大陸側のニューブランズウィック州とはコンフェデレーション橋で繋がれている。その橋は約一三キロの距離で、渡るだけでも一〇分の時間を要する。
 プリンスエドワード島というと、日本人にとっては「赤毛のアン」の島かも知れない。橋を渡って直ぐの観光案内所にはアンの銅像があり、みやげもの屋にはアンのグッズが売られている。州都であるシャーロットタウンでは「赤毛のアン」のミュージカルを観ることができるし、モンゴメリーが育った街、キャベインディッシュには、グリーンゲイブルズがあり、恋人たちの小径、おばけの森などを散策することもできる。「赤毛のアン」にちなんだ観光地はいくつも存在するが、わたしの印象は「なんでもない」ことだった。
 地平線まで牧草地が広がっている。乳牛が牧草を食べている。じゃがいも畑には、青々とした新しい株が育っている。 白、黄色、水色に彩られた家々は、ひとつひとつがクリスマスのオーナメントのように可愛らしい。 遠くには森が広がっている。そんな風に「なんでもない」景色が、のどかで美しい。
 牧草地の脇や道端に、薄紅色や紫色のキャンドルのような背の高い花が群生してそよいでいる。とくに停車することもなく「あのふわふわした紫色はなんだろう」と思っていたら、みやげもの屋で写真付きの種を売っていて Lupin(日本語ではルピナス)であることが判った。トロントでは花壇で育てられる花が、この島では野草として健やかに成長している。
 プリンスエドワード島にはたくさんの遊泳できるビーチがある。この島は土が赤く、砂も赤い。わたしたちより先にプリンスエドワード島へ旅行に来ていたわたしの叔父家族とは、ビーチで合流した。そのビーチでは貝が採れるという。道具は用意していなかったが、膝まで海に浸かり、踵で砂を探ると、ときどき硬いものに触れる。拾うと、掌の大きさもあるハマグリだ。サザエのような小さな巻貝や、ヤドカリもいる。わたしたちは泳ぎもせず夢中になって貝を採り始めた。およそ二時間でクーラーボックスがいっぱいになるほど採れた。気がつけばもう夕方で、海水も、風も冷たくなっている。
 宿への帰り道もまた、牧草や畑やルピナスの群れが地平線まで続いている。モンゴメリーもきっと、この風景を観て育ち、小説を書いたのだろう。このままずっと変わらない「なんでもない」場所であってほしいと思った。

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