スズムシ 其之十三

suzumushi female

 スズムシの成虫になる時期は、雄が早く、雌が遅い。七月の下旬頃には雄ばかりであったものが、八月の下旬になると雌ばかりが成虫になる。
 孵化したての初齢幼虫の段階では性徴が見えず、雌雄の判別が不可能であるので、卵のうちから性別が決まっているのか、孵化の時期で性別が決まるのか、あるいは初齢幼虫から終齢幼虫に至る間に性別が決まるのか、個体群密度や温度、照度などの生育条件によって性別が決まるのか、判然としない。
 時間があれば調べてみたいものだが、現時点で可能な作業は文献研究にとどまる。自宅では比較観察できるほどの空間も時間もない。

 老母は炊事をしなくなり、私が食事の準備や後片付けをしている間を、読書やテレビ鑑賞で過ごしている。自分の食べたいものもあるだろうからと、夕食は老母の選択に任せているのだが、簡単な料理すらしていないこともある。セブンイレブンの惣菜の容器が洗い場に置いてある。
 私は、料理の勉強に励んでいる。最近になって、漸く自分なりの料理の理論が見え始めてきた。栄養学、食品学、調理学の三分野に知識を整理し、食品学では食材の選び方を、調理学では切り方や煮方、焼き方などを学んでいる。技能は経験を積むことでしか身に付かない。特に夏季は青果の傷みが早いので、食材の購入や保存について考える良い機会になった。
 安全と衛生は調理の前提である。刃物を使い、熱源を使うので、切傷や火傷を負わないように注意
することが重要課題である。幸い私はまだ怪我をしたことはないが、ひやりとした経験がないわけでもない。油が撥ねて目に飛び込んできたときは本当に驚いた。火事を出さないように、コンロを使っている間は、キッチンから離れない。
 酸性とアルカリ性の粉末や溶液を用意し、中性洗剤とともに使っている。酸性はクエン酸、アルカリ性は重曹、セスキ、酸素系漂白剤などだ。キッチンは清潔を心がけ、シンクには水を残さないようにしている。食品を扱う際、衛生に注意すべきことは、飲食業も家事もかわりない。

 スズムシを飼育した経験が、料理の修得にも通じている。安全と衛生に留意し、食事の質や量、時間などについて、観察しながら対応する。思いやりの心さえあれば、なんとかできるようになるものだ。

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スズムシ 其之十二

suzumushi

 今年のスズムシも成虫になった。

 孵化が始まったのは五月上旬である。今年は気温にも恵まれた。双眼実体顕微鏡での孵化場の清掃作業もこまめに行い、カビに犯される卵も少なく抑えることができた。生物を飼育する際、まず考慮すべきは、その環境の衛生状態を良好に保つことである。

 老父が亡くなり、私は喪主を務めた。
 自宅での看取りである。呼吸がなくなる。脈拍がなくなる。体温は測れるが、血圧は測定不能になる。心臓マッサージを施す。瞳孔が開いたままになる。
 往診をお願いしていた医師に来てもらい、死亡を確認していただいた。葬儀社をさがして一切を依頼し、遺体は自宅に安置した。ドライアイスで冷却し、出棺までのときを待った。
 葬儀は恙無く終了した。

 スズムシは夜を通して鳴いている。

コハクチョウ 其之九

Bewick’s Swan

 今季もコハクチョウが鶴ヶ池へ飛来した。12月中旬のことである。
 当初の6羽のうちには幼鳥もおり、次世代も期待できる。

 現代社会は、ミスを誘発するシステムに溢れている。
 対人サービスに於いては機械化の進展が著しいが、その機械の扱い方が判りにくく、ミスを誘発している。注意喚起のラベルがベタベタ貼られているのは、利用者や消費者のケアレスミスが頻発している証拠である。他の利用者や消費者のミスにより、自分が損失を被ることもある。
 販売やサービスに於ける従業員のミスを見ぬくことができないのは、利用者や消費者としてのミスである。従業員はミスをするものであることを認識して、検品・検算・ミスの指摘を早期にすることは、利用者や消費者としての責務であると私は考えている。

 ほんの些細なケアレスミスに対するサンクションは大きく、リスクを回避するためには利用者や消費者としての行動を自粛せざるを得ない。
 私は可能な限り外出や買物を避けるようにしている。それでも医療機関、食料品店、交通機関など、生活の基盤を支えるものには関与せざるを得ず、そのような場合には細心の注意を払って行動している。

 コハクチョウの羽根の純白は、現代社会とは無関係な純白である。
 その純白に癒されて、なんとか生きている。

 

味噌汁をつくる

Japanese radish


 老父は野菜が嫌いで、刺身のつまの大根や大葉も残すほどである。もったいないので、メバチやビンチョウを柵で買い、拙宅にて柳葉包丁で切るようにしている。

 十月の初旬に老母が右腕を骨折し、朝食をつくることは私の仕事になった。前夜のうちにコメを研いで、炊飯器に炊きあがりの時刻を予約しておく。炊きあがれば重量を計測してご飯をよそう。味噌汁をつくる。食後にはお茶を出す。
 数年前、老母が左腕を骨折したときに朝食をつくることは経験しているが、その骨折が治癒してからは、老母に朝食を任せていた。だが今回は、老母の骨折が治癒しても私が朝食をつくり続けることになる。
 味噌汁をつくることが朝食をつくることの実質であるように思う。具材の準備から、調理して配膳するまで、一連の作業を速やかに行うには修練が欠かせない。
 小松菜、白菜、玉葱、大根、海老芋。味噌汁は基本的に野菜を具材とする。出汁には、あご入りの天然だしパックを使う。小松菜や白菜は、軸と葉を切り分けて、軸を早めに茹でる。大根など堅い食材は、前日のうちに切り分けて下茹でをしておくと、当日の調理時間が短縮できる。豆腐とワカメ、豆腐とナメコ、アサリなどの具材をつかうこともある。昼食であるなら豚汁をつくる。

 家族の健康に責任を持つことが炊事を担う者の職分であると考えている。食料品店に陳列される、メニュー提案型合わせ調味料商品には、塩分が多いように思う。味噌や醤油などは減塩のものを選ぶようにしているが、旨味やテクスチャなども工夫して、健康的で美味しい料理をつくりたい。
 野菜嫌いの老父は認知症で、もう、まともなコミュニケーションは望めない。美味しいものを食べさせるくらいのことしか、もう、私にはできないのである。

スズムシ 其之十一

suzumushi

 今年のスズムシも成虫になった。

 昨年は頭数が少なかったため、秋季の産卵場の管理から慎重に取り組んだ。双眼実体顕微鏡を導入し、産まれたばかりの卵を蝕むカビを、ピンセットで丁寧に取り除いた。
 産卵場には、どうしても成虫の糞が入り込むが、その糞には栄養があり水分も豊富なため、産卵直後からカビが発生する。カビの胞子の侵入を防ぐことは難しいので、糞に付着して成長したものを双眼実体顕微鏡で見ながらピンセットで取り除くことで対処している。それでも細かく砕けた糞のかけらまでをすべて拾いあげることは困難で、ある程度のカビの発生はやむを得ない。
 産卵場のマットには赤玉土を用いた。無機質のマットであればカビも成長しづらい。カビを予防するため、冬季は乾燥させてガラス製の産卵場のまま保管し、三月から加湿するタイミングを探った。
 今年も昨年に続いて春季の気温が低かった。四月に降雨の日が続いた後、本格的に加湿を始めたが、そのときも双眼実体顕微鏡での観察を続けた。ダニの発生がスズムシの卵の成育よりも早いことに気づいたのは、この観察の成果である。ダニが産卵場内部で動き回ることにより、カビの胞子が広まるのかも知れない。カビとともにダニもまたピンセットで丁寧に取り除いた。
 孵化が始まったのは五月下旬で、六月には梅雨の影響で気温が低下してきたため、孵化する機会は短期間しかなかった。スズムシの卵をプラスチック製の孵化場に移し、コピー用紙を細長く短冊状に切ったものの手元を少し折って工具とし、孵化した初齢幼虫を孵化場から掬いあげる。
 孵化場から掬いあげた初齢幼虫は初齢幼虫舎に移す。初齢幼虫舎のマットは赤玉土を水で湿らせたもので、給餌にはナスを切って入れておく。マットに加湿するとカビの発生するリスクが高まるが、初齢幼虫はマットに含まれた水分も摂取するので、マットを乾燥させるわけにはゆかない。
 幼虫が大きくなってきたら、成虫になるまでを過ごすメインの幼虫舎に移す。幼虫舎のマットは乾燥させたままでも良い。給餌にはナスの他に蛋白質のものを追加する。幼虫舎には経木を立て、幼虫の脱皮を促すとともに、個体群密度が適切に保たれているかを観察する。個体群密度が高いようであれば、経木を増やしたり、複数の幼虫舎間で個体を移したりして調整する。
 初齢幼虫舎と幼虫舎にはプラスチックのケースを利用するが、これには様々なサイズがある。初齢幼虫舎には最小サイズ、幼虫舎には大きめのサイズを準備するが、作業しやすいものを選ぶことが賢明である。産卵場、孵化場、初齢幼虫舎、幼虫舎すべてに言えることだが、複数を同時に進行させることが、全滅を防ぐための方策となる。
 成虫舎にはLサイズのネットゲージを準備している。マットには乾燥したミズゴケを敷き、加湿した産卵場を中央に置いて、ミズゴケを立体的に配置して雌が産卵場まで上れるようにしておく。スズムシの雌は湿った場所に産卵管を刺して卵を産みつけるのである。

 夏季から秋季までスズムシは鳴き続ける。

コハクチョウ 其之八

Bewick's Swan

Bewick’s Swan

 今季のコハクチョウは12月の初旬に鶴ヶ池へ飛来した。

 私は12月に上京する予定があったので、すぐに観察へ行くことは控えた。老母を恵比寿へ連れて行くためである。恵比寿は老母が私を産み育てた街だ。広尾病院で産まれた私は、4歳2ヶ月までを恵比寿で過ごした。幼い頃に遊んだ公園と、アパートとを行き来した小路がまだ残っているので、そこを老母に歩かせたかったのである。
 認知症で要介護度3の老父をショートステイに預け、老母の青春の地とも言える場所を歩いた。恵比寿では大規模な再開発がなされたが、老父と老母が新婚生活を過ごした周辺は、道路などに大きな変更もなく、するすると老母は歩きまわり、私にいろいろと教えてくれるのであった。私も上京した際、老母に土産話ができるよう、恵比寿に寄るようにはしていたのだが、公園と小路くらいしか確かな記憶はなかった。
 老母は、この旅行を楽しみにしていた。老父をショートステイに預け始めたのも、この旅行を実現させるための準備である。ケアマネージャーさんも東京暮らしを経験された方で、旅行の実現を助けていただいた。旅行の日まで、体調を崩さないようにと、寒いときの外出を控える老母を見て、私も野鳥観察を控えたのである。そんなことで風邪をひくような身体ではないのだが、老母の気持に寄り添うことにしたのだ。
 老父もショートステイに慣れたようで、平穏に時は過ぎて、旅行も無事に終えることができた。年始には親族と会うことが多くなるが、老母は嬉嬉として東京に旅行した話をするのであった。親族には、東京暮らしを知る者もいれば、知らない者もいる。だが、日常、老母が老父の介護をしていることを知らないものはいないので、皆、老母の旅行を喜んでくれた。

 コハクチョウは大晦日には姿を消していた。今季は鳥インフルエンザのリスクもあったので、その朝、私は鶴ヶ池の周囲を二度まわった。さいわい死骸を見ることもなく、他の越冬地に移動したのではないかという結論に達した。
 
追記 写真は 2016.12 の観察の際に撮影したものです。

冬鳥

Okegayanuma

Okegayanuma

 今年も冬鳥の季節になった。
 天気の良い日曜日の朝は、野鳥観察に出かけている。代表的な冬鳥であるカモ類は、行く度に数を増している。小鳥類も愛らしく、その声を聴き、姿を探すことが楽しみである。
 森の中の小道を歩いていると、キタキチョウが舞っている。気温は20度ほどで、まだ昆虫類も元気である。スズメバチやアシナガバチも盛んに翔んでいる。枯葉を落し始めた広葉樹林では、陽光が射し込んで、常緑樹の葉を照らしている。

 老父の要介護度が3になった。老父は認知症を患っており、日常の生活は老母による介護なしにはできない。在宅介護であるが、デイサービスやショートステイを利用して、老母の負担を軽減している。老父を施設へ預けている間に、私が自動車の運転手となって、生活必需品などの買物などを済ませている。要介護度があがり施設の利用料は増額された。
 自動車社会化と高齢化の問題は、地方に住む人間にとって、回避することのできない切実なものである。地方では電車やバスなどの公共交通機関に乏しく、食料品の調達や医療機関への送迎など、生活の基本的な部分で自家用車が必要になる。私のように下の世代の同居している家庭では、若い世代が運転手を務めることもできるが、単身者や御夫婦のみの高齢者世帯では、交通事故のリスクを負いながらも、高齢者自身が自動車の運転をやめられないでいる。
 地方在住者は自動車の運転免許証を贅沢で保有しているわけではない。普通自動車の運転免許証がなければ就職はできない。例え自家用車を保有しなくとも、社用車の運転ができなくては困る。デスクワークが中心のホワイトカラーでも、官公庁、金融機関、得意先などへ行くために、社用車を運転しなければならない。従業員の自家用車を借り上げて、社用車として使用している企業もある。
 老父は数回の物損事故を起こして運転免許証を返納した。老母は元より運転免許証を取得することがなかった。私たちの世代では、女性でも自動車を運転することが普通である。自動車産業の栄えた土地ということもあるせいか、自家用車の保有は当り前のようになっている。その当り前であることを前提としてか、次第にバスの運行本数は減り、自動車がなければ不便な土地になってしまった。
 この地域は、浜岡原子力発電所の緊急時防護措置準備区域( Urgent Protective action planning Zone )であるが、その避難計画でも自家用車の保有が前提となっている。私の場合は、老親を連れて石川県まで避難することになっている。自家用車のない住民はバスで避難するとのことであるが、避難時の渋滞が懸念される。

 野鳥を観察するための機材であるフィールドスコープや三脚を運搬し、自然の豊かな場所に移動するために、自家用車を利用してはいるが、それは副産物のようなものだ。野鳥を観察する場所には自宅から歩いてゆくこともできる。自動車が必要不可欠というものでもない。
 そう思うと少しは気分が軽くなる。タヒバリを観察して、帰路に着いた。