対話と提案

oriental false hawksbeard

 家庭料理の幸せは、かならず「食べる人」のいてくれることにある。

「なにか食べたいものある?」と老母に訊く。そのときには、すでに自分の提案できる献立を胸中に秘めている。対話を試みて、相手に考えのないようであれば、自ら献立を提案する。
 自分の提案できる献立は、当然のことながら自分のつくれる料理の範疇にしかない。料理のレパートリーをひろげておくことは重要である。自前の献立を強要するのではなく、家族が好きな料理を選べるように、選択肢をできるだけ増やしておかなければならない。
 和食、中華、洋食。様々な食材や調味料に関する知識や調理技法の修得など、学習しなければならないことは多い。特に調理の段取りや手順については暗記しておく必要がある。調理中は両手が塞がっているし、火にかけたものからは目を離すことができない。複数の工程を同時に進行させたり、瞬時に判断して行動しなければならないことも多い。
「クッキング基本大百科」集英社 2001 という書籍が、老母の本棚にある。発売当時、母の日に私がプレゼントしたものであるが、現在は私の教科書となっている。テレビのグルメ・料理番組も録画して勉強させていただいている。

 老父は認知症を患っており、まともな会話はできない。
 それでも観察していれば、なにがしか理解できるようになる。現在は介護食で、ハンドブレンダーで御飯をなめらかに潰したり、味噌汁にとろみを加えたりして、介護用の特殊なスプーンで与えている。食事介助は老母の仕事である。
 認知症の高齢者を自宅で介護するためには、最低でもふたりの人間が同居して、そのうちひとりは若い世代であることが必要であるように思う。朝食の前に排泄介助や陰部清拭を行わなければならないこともある。老母が老父の濡らしたものを洗濯している間に、私が朝食をつくるのだが、その間も私は老父の身体を持ちあげたり支えたりして、老母の作業を手伝わなければならない。痩身であっても高齢者の身体というものは存外に重いものである。
 老父母の寝室から玄関までの動線に手摺を工事した。訪問看護の契約もした。自宅で介護する態勢は整えられたように思う。
 
 家族に美味しいものを食べさせたい。それが私の家庭料理への情熱となっている。

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