春愁 其之三

Common sowthistle

 今年の冬は寒く、老父は呼吸器を患って市立総合病院の御世話になり、私は連日、郊外にある病院へ自動車で通うことになった。病院までの移動は老母には負荷が重い。病院行きのバスに乗車するための停車場は拙宅から遠く、また運行の本数も乏しい。

 福島県の復興に関するテレビ番組を何本か視聴したが、いずれの地方の抱える問題も、その基本は変わらないように感じる。公共交通、食料品、医療・介護、教育。交通手段が確保されているか、物流が機能しているか、病院や介護施設はあるか、教育機関はあるかなど、生活に必要な最低限の要素を満たすことこそ、地方の復興する基本的な条件として再考されているように思う。

 地方に住む私たちは「欲望に駆られて」生きているわけではない。ただ、老父母が平穏に健康に過ごせるように、日々、格闘しているのである。
 現在の課題は、老父の食事介助と排泄介助及び陰部清拭、入浴介助などである。ここに浜岡原発の事故が起こっても、私たち家族は石川県や岐阜県まで避難することなどできない。老父を移動させる際には骨折のリスクがつきまとう。老母は辛うじて健常者であるが、健康には不安がある。
 温暖な静岡県で過ごしてきた老父母が、寒冷な地域で生き延びられるとも思えない。私自身も老父母に殉じて行動するしかない。原発からの避難など絵空事でしかないのである。

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