語学について

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 先日、友人たちと会話をしていて、ドイツ語のことが話題になったとき、ある友人が「分離動詞」について教えてくれた。彼のように大学時代に第二外国語をドイツ語で履修した日本人は多いだろう。ドイツ語を学ぶことで、その方々と共通の話題を持つことができるという効用もあることに気が付いた。むろんドイツ語圏からは多くの書籍が出版されている。学ぶ価値のある魅力的な言語である。

 語学はスポーツと学問の中間にあるものではなかろうか。
 基礎となる単語の発音や強勢、綴りなどは、単純な反復練習で身にしみこませるものである。短時間でも毎日繰り返すことにより効果の現れることなど、まさにフィジカルな基礎訓練であるように思う。
 高校生の語学としては「英語」が課されるが、私は「国語」もまた語学として考えてみると面白いと思う。「日本語」の基礎となる語彙や文法を再確認し、その読解力や表現力を強化しておけば、他の教科に於いて、日本語により出題される問題について日本語で解答する際、大きな支えになる。
 英語は、日本人にとって西欧の諸言語を学ぶ起点になるものだと考えている。英語からフランス語への距離は、日本語から英語への距離よりも短い。フランス語が解るとスペイン語、ポルトガル語などにも類推が効くようになる。おそらく日本人にとって西欧の諸言語は、最初の壁が最も高い。ラテン文字の世界で「英語」という起点を確保できれば、その後の展開はスムースになる。また、そこからキリル文字で書かれるロシア語へと展開してゆくこともできる。

 国際化の時代となり、海外に行くことのない人間にも、語学を学習する必然性が生じているように感じる。翻訳家や通訳など語学の専門家の存在も重要ではあるが、個人個人が語学力を身につけることもまた、期待される時代ではないか。
 そして、ウェブの興隆により、語学を学習する環境もまた格段に向上している。特に「読み物」が大量に供給されていることは画期的なことで、読解力を向上させるための教材を自由に選択できることは非常に贅沢で有難いことだと思う。もちろん「動画」も語学の学習には有効で、リスニングの能力を向上させることが期待できる。
 それでも身近に教材の多い言語を選択することは、まだ、語学を継続するための要因のひとつであるように思う。テレビ番組が放送されていたり、辞書や参考書の多いものは、自分と相性の好いものを選択できるため、学習意欲を保ちやすい。学習辞書の選択肢の多さは、日本人がその言語を学習しやすい環境にあることを示している。
 個人が言語能力を高めることは、身体的には苦しい作業であるかも知れない。スポーツで楽しみながら体力をつけるように、音楽や映像などで楽しみながら語学力を鍛えることができれば、理想的である。

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