コハクチョウ 其之六

Bewick's Swan

Bewick’s Swan

 もう、いないであろうことは予想がついていたが、コハクチョウ(小白鳥)の塒のある池に行ってみることにした。二月も半ばを過ぎた土曜日の未明のことである。
 冬の装備をして自動車で出かけた。一日で最も寒い時間帯ではあるが、それほどの冷気も感じない。駐車場には一台の自動車もなかった。コハクチョウの滞在している期間にはカメラマンの方がいらっしゃる場所なので、やはりコハクチョウは北へ帰ったのであろう。誰もいない道を奥へ歩くことにした。
 コハクチョウがいないとはいえ、まだ冬鳥は残っている。桿体細胞を充分に働かせながら、暗闇に等しいような林の中の道に入ってゆく。私は、この池の周囲の地理を知悉しているので、方向と距離の感覚だけで歩いても不安はない。クイナであろうか、高く鳴く声が聞こえると、気持も落ち着いてきた。コハクチョウの塒のあるあたりまで到達するが、水面は静謐を保っている。
 池には森がせまっており、水辺にも高木が林立しているので、池の周囲を巡る道は暗い。私の気配に気づいたのか、飛び立つカモ類がいる。おそらくはマガモであろうが、まだ周囲が暗いので種を同定することはできない。暗い水面に降りてくる鳥たちもいるが、白い波紋が目立つばかりで、その姿を見ることはできない。墨色の濃淡のみの世界である。
 日の出の時刻が近づいてくると、周囲も明るさを増して、鳥影も視覚でとらえられるようになる。それまで静謐であった池に、着水するカモ類が多くなってきた。双眼鏡で確認してみると、マガモ、ヨシガモである。まだ、かなりの数が残っているようだ。
 早朝に未踏の道を歩くことの楽しみは、小鳥たちに出会えることだ。飛ぶ影を追うと、樹木の枝にカシラダカを見つけた。私が進もうとする道の数歩先にクロジがいる。シロハラの声が聞こえて振り返る。

 そう、ここへ来ようと思いつくことができたのは、シロハラが拙宅の庭に来訪するようになったからである。冬も終わりとなる今頃が、最も食物の少ない時期なのであろう。普段は見付天神の森の林床まで出かけなければ見ることのできないシロハラが、拙宅の庭に来ていることを老母が発見した。
 冬の間、老夫婦の慰めとなるように、私は庭に野鳥を呼ぶような試みをしている。老母は頭脳が明晰で、私が教える野鳥の名前をよく覚えた。昨年の十月末頃から、ジョウビタキ、シジュウカラ、メジロなど、美しい小鳥たちを観賞しては喜んでいる。スズメ、キジバト、ヒヨドリなど、冬は庭に多くの野鳥が訪れる。日射しの明るい庭に、野鳥たちの憩う姿は愛らしい。

 今季は野鳥が多い。私は直接には観察していないが、カナダヅルとナベヅルが近隣の田圃に飛来したという話も聞いた。鳥類が私たちの町を訪れてくれることは、本当にありがたいことだ。老夫婦は、もう、他の土地へ行くことなどできないのであるから。
 周囲が明るくなると、錐体細胞を働かせることもできる。コガモの鮮やかな色彩を楽しんだ。沿道のハンノキ越しに高い空を見あげる。ホオジロの囀りを聞きながら帰路に着いた。

 追記 写真は 2014.12 の観察の際に撮影したものです。
     2015.04 上旬。拙宅の庭にてアオジを確認しました。

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