終焉

Hydrangea

Hydrangea

 伯母への見舞も終わることになった。
 この五年間、週末に母を連れ、脳梗塞で入院している伯母を見舞うという習慣があった。その伯母が永眠した。肺を病んでいるという話は聞いていたので、そろそろかとは思っていた。病院からは早朝に危篤が連絡されたらしい。しかし、家族の誰も間に合うことができなかったという。
 拙宅では、午前七時頃、朝食の時間に電話を受けた。覚悟していたとはいえ、その瞬間は衝撃的なもので、母は電話口で泣いていた。私には、その丸い背中をさすることしかできなかった。
 伯母の遺体が自宅に戻るというので、御淋見舞をもって伯母の家を訪ねた。伯母の家は母の実家である。私の母は伯母の家から嫁に出た。伯母と母はふたり姉妹である。ふたりの父親は、私の母が幼いときに、母親は、私の母が二十歳のときに亡くなっている。それ以来、伯母は母の親代わりをつとめてきた。姉である伯母が婿をとり、妹である私の母は伯母に生まれた子供たちの面倒を見ながら働いていた。その後、私の母に縁談があって、当時東京にいた私の父のもとに嫁いだのである。

 伯母の家には、伯母の子供たちが揃っていた。いずれも私より年長で、私が幼いときから「兄さん」「姉さん」と呼ぶ方たちだ。その従兄姉たちは、私の母のことを「おねえちゃん」と呼ぶ。私の母が独身で、伯母の家に同居していたときの名残である。皆で部屋の片付けをして、和尚さまの来るまでを待っている。私は父に夕飯を支度しなければならないので先に帰った。後に従兄が母を拙宅まで送り届けてくれた。

 翌日に通夜があり、私は受付係を任された。伯母の親族たちは仲が良く、親戚たちも集まり、和やかな雰囲気である。従兄の勤務する工場から勤務帰りに立ち寄る弔問客などもいて、私は、迎えの挨拶と香典の受取り、記帳の勧め、会場の案内などに神経を集中した。
 現代の葬儀は、自宅ではなく葬儀社の所有するホールで行なうことが多い。地方都市は公共交通機関に乏しい自動車社会である。自宅近辺に駐車場を確保することが難しいので、駐車するスペースが充分に確保されている大きな会場で行なうことになる。無論、通夜に飲食をふるまい、ゆっくり懇談するという習慣もなくなっている。飲酒運転には厳罰が処される。
 告別式には花輪を供し、父母とともに参列した。合掌し、礼拝し、僧侶の読経を聞く。棺の中に生花を詰め、霊柩車へと運ぶ。棺を持つのは若い男たちの役割で、私も左隅を担った。
 火葬場で、拾骨までを待つ。ふだん会うことのない親戚たちとの会話で、祖母や曾祖母、亡くなった多くの大伯父大伯母たちの話を聞き、話す。子供の頃からの付き合いである甥姪たちの方が、成人してからの付き合いである姻族よりも、昔のことを良く知っていたりする。初めて会う方もいるのに、記憶が共通するは不思議なことだ。親戚たちとは、遠州という故郷も共通しているので、話題には事欠かない。
 福島の原発事故で失われたものは、このような土地である。事故から三年を過ぎた現在において、浜岡原発を廃炉にしたい気持は更に強まりつつある。福島と静岡とは紙一重の差であった。だから静岡の人間は福島の惨状を目にすると、とても胸が痛むのである。
 人間が亡くなることは自然なことだ。「原発事故で死んだ人はいない」というのは東京の論客の持論だが、彼らは医学的な死者数を統計学的にカウントしているにすぎない。彼らは故郷を喪失することの重さを理解していない。土地と人間は有機的に結び付いており、社交的な人間関係や、内面的な記憶が、その土地の地形や気候などとともに、複雑で精妙な社会の全体を織り成しているのである。それは歴史に磨かれた奇跡のようなもので、故郷の土地を失うことの損失は単純に計量しがたいものである。
 拾骨が終わると会場に戻り、三日目と呼ばれる法事を行なう。土葬の習慣のあった昔、埋葬時に設けた空気穴である青竹から、埋葬の三日後に呼びかけて、死者の生存しないことを再確認したという。三日目の法事では再び香典を供える。法事の席では飲食のふるまわれることが習慣であったが、現代では御弁当を手渡される。

 帰宅して、御弁当をいただいく。最期の五年間、伯母は胃瘻の生活を送り、食べる楽しみを失っていたことを思い出す。最後に訪問したとき、すでに腕は点滴の針の穴だらけで、脚に針を刺していた。食べることの好きな伯母であった。冷たいメロンの一匙でも口に入れてあげられたらと、夏になる度、母と語り合ったものだ。
 私が落涙したのはそのときである。

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