評論について

Jungle Crow

Jungle Crow

 

「(個人名)ちゃん、ダメダメ!眼を合わしちゃダメだよ」
tweeted on 1 Feb 2014

 ある「歌人」が俳句について「評論」を書いた。ところが、その文章には多くの作品や作家名の引用ミスがあった。短歌や俳句の作品は、ひとつの文字の選択にも神経を使う繊細な文芸作品である。それに気付いた「俳人」たちがツイートを発信し始めた。上記に掲げたツイートは、それらがツイートされている状況を見て「歌人」の味方らしきアカウントから発信されたツイートである。私は、このツイートの「眼を合わしちゃダメ」という言葉に強い印象を受けた。相手の人権を無視した言葉のように思えたからである。
 後日、ある方が「非論理的な感情論の援軍がどこからかくっついてきて」とツイートされていたが、その指摘は正鵠を射ている。アンフェアな文章になることを避けるために告白しておくと、私も以前「俳人」から集団でエアリプの誹謗中傷を受けた経験( @hitsujisaka さんと『彼方からの手紙』 )があり、当時、ある方に助けていただいた事情がある。その時の恩義は現在も忘れがたい。
 早速、私も件の文章を拝読してみた。結論から申しあげると、これは先ず「評論文」として読めるものであるかどうか、というところが論点になると思った。私は評論を書かないが、評論を読むのは好きで、短歌や俳句についても良い評論集を御紹介していただきたい者である。件の文章は「歌人」の方が御自身の勉強成果をまとめられたノートという印象で、少しでも俳句を勉強したことのある方なら既知のことが多く述べられている。時評を標榜しているが、平成10年の文献からの引用などもあり、平成26年の現在においては、まだまだ取材や整理のできる内容ではないかとも感じた。
 この文章には「新しい若い層の獲得」や「若年層の取り込み」「初心者一般の取り込み」という強い言葉があり、文章のベクトルとしては企画や戦略の文書に近いように思えた。企業内部(結社、版元など)では許される文言であろうが、顧客(読者、学生など)も目にする文章としては如何なものであろうか。結社や版元が勢力の拡大に努めるのは当然とも思えるが、読者や学生の中には疎ましく感じる方もいらっしゃると思う。宣伝や勧誘の文章だとしても、それを評論文と呼ぶことは難しい。
「歌人」は「評論には評論を」とエアリプして執筆者としての姿勢を保持していたようであるが、そもそもツイッターで自分の長文を宣伝した以上、ツイートにはツイートで応ずるべきであろう。無論、メンションのないツイートには応えようがないが。さらに「歌人」はツイートで「10日で書いた」「頼まれた」と「私は素人」アピールを繰り返しており、これは最悪の対応であったと思う。素人の書いた「評論」に対して、評論で応えようという玄人はいない。
 読み書きでなされるツイートの応酬には、識字はもちろんのこと、読解や表現など高度の言語能力が必要であると私は考えているが、それでも上手くこなしている方は大勢いらっしゃる。その「歌人」はアカウントに鍵をかける始末となったし、これ以上、この問題について言及することは適切ではないと考えるので筆を置くが、この私の文章について御意見等ございましたら、ツイッターの方で御願いいたします。でも、必ず、メンションは付けてくださいね。

 
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