御神鶏

Cock

 見付天神では、幾羽もの立派な御神鶏が飼育されている。赤色野鶏の系統のようだが、様々な種類がいて、混血も進んでいるであろうから、詳細には判らない。すべて地鶏(じどり)の類だと思う。ただ、烏骨鶏が判るくらいである。
 伊藤若冲の傑作「動植綵絵 群鶏図」を現実にしたものと言っても良いかもしれない。桶ヶ谷沼が、生きた鴨の図鑑であるなら、見付天神の御神鶏たちは、生きた鶏の図鑑である。人類が家禽化した動物であるから、人類が責任を持って面倒を見るべきなのであろう。充分な餌を与え、安心な塒(ねぐら)を与える。雌雄を共にさせて、繁殖を助ける。むしろ人類が、終生お世話をするという感覚である。
 このように、飼育されている動物を観ることも、私には面白い。
 趣味で野鳥を観るようになってから、私は鶏肉を食べられなくなってしまった。以前は「鴨せいろ」も「フライド・チキン」もいけたのだが、現在では、食べられない。食べようという気すら起らない。食べなければならぬ立場になることもない。
 元来、私の家庭では、食肉の料理というものをすることが少なかった。私の父は、鮮魚の料理が好きだ。毎晩、刺身で日本酒を飲む。私の母も、魚介類の料理が得意である。
 子供の頃から、私は動物が好きであった。小学校の頃に、見付の町の小さな書店で購入した、子供用の図鑑が、現在も手元にある。「植物」「昆虫」「魚貝」「鳥類」「動物」の五冊が一式になったものだ。これらは、私が自分の小遣いを貯めて買ったものである。
 子供の頃は、両親が動物を飼ってくれもした。金魚、小鳥、伝書鳩たち。金魚の他は、いずれも呉れる人がいて、貰ってきたものである。私の父は建築屋なので、鳩小屋などは器用に作ってしまう。川魚、亀、ザリガニなどは、自分で捕らえてきて、水槽で飼育した。いずれも短い命のものたちであった。逃してしまったものもある。農家ほどの余裕はないので、鶏を飼ったことはない。
 犬は、飼ったことがある。最初の犬は、私が小学生の頃、近所で生まれた犬を頂いたものだ。黒い雌の雑種犬で、仔犬まで産んでくれた可愛い犬である。だが、なにかの病気で吐血して亡くなってしまった。
 すると代わりの犬を、直ぐに父が知合いから貰い受けてくれた。今度は、雄の柴犬で、元気の良い犬である。余りに元気が良いので、時にはリードを外して走らせることもあった。小学六年生のときの、自由研究の題材にもした。しかし、私が中学にあがり、自分でも予想していなかったほどに生活が忙しくなって、充分に散歩をさせる余裕もなくなった頃に、他人を噛んで処分された。それ以来、犬を飼うことはない。
 私は、学校の勉強に集中し、生き物を顧みることは少なくなった。進学や就職で忙しくなると、ますます時間がなくなった。その状態は現在でも、基本的には変わらない。
 ある冬の日、仕事に疲れた昼休みに、散歩に訪れた公園で、野鳥を観るようになってから、自然のものを、わが友とするようになった。野鳥、昆虫、植物である。手間もいらぬ。費用もかからぬ。ただ、観ているだけでよいのだから、気楽なものである。
 ちなみに、見付天神では、御神犬も飼育されている。霊犬悉平太郎伝説にちなんでのことなのだが、なんということのない一匹の老犬が、鎖につながれているだけというのが、かえって面白い。私は、行く度に頭を撫でてやる。掌が脂で臭くなる。

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御神鶏」への2件のフィードバック

  1. この図鑑は私も持っていましたね~!
    本が一番の情報源で、今のようにネットなんてあったら多分、進む方向も変わっていたのかなと思います。

    今年は珍しく冬に見る鳥が、来ません。ヒヨドリ、キレンジャク、ヒレンジャク、コゲラなど。カケスは普通に来てますが近年に無い変な状況です。
    先日、私は見てませんが裏庭に野生のキジが来ていたそうですが毎年のこと。

    • yukioさん。ありがとうございます。冬鳥の季節も、もう終わりですね。裏庭にキジが来るとは羨ましい。コメントいただいて嬉しいです。

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