法多山尊永寺

Hattasan Son-eiji

 老父のしていた家事を、現在は、私がしている。
 法多山尊永寺は、遠州(遠江國)に所在する古刹である。厄除観音として有名であるが、私の父は、遠州に居を構えて以来、毎年一月一日に初詣をする場所として此処を選び、歳月を重ねてきた。護摩祈祷をしてもらうことが目的である。願い事は、つねにかわらない。「家内安全」である。
 早朝、まだ日の昇らない内に、私は自宅から出発する。背広を着てネクタイを締め、マフラーと手袋をして出かける。背広の内部にはカシミヤのベストがある。コートは短いものを選ぶ。自動車を運転するからだ。
 老父と老母は留守番である。私に祈祷料や土産の代金を渡す。それを受け取らないのは失礼である。
 山を登る。昨年の御寶牘を納札所におさめる。祈祷を申し込んで、本堂に入る。多くの善男善女が、僧侶の行う儀式を拝観している。自分の祈祷が済むと、祈祷札授与所で、今年の御寶牘を受け取る。山を降りて、名物の厄除だんごを買う。そして、帰宅する。それが全行程である。
 祈祷を申し込むとき、私は、私の父の名を書く。代理で参拝するというわけだ。年齢も、干支も、父のものを書く。私自身については、どこに書くこともない。
 法多山尊永寺は、山林の中にある。参道には太い杉が何本も立ち、珍しいシダやコケが、冬の今でも生えている。
 遠州の南部は、暖かいところで、雪の降るということは、まったくない。北に日本アルプスがあり、東には遠く富士山や箱根がある。西には湖西連峰があり、大陸から来る雪雲は、そのすべてをどこかで使い果たしてしまう。風花が舞うようなことはあっても、降雪と呼べるようなものはない。むろん、積雪もない。
 南には太平洋が広がっている。太平洋には暖流が流れており、遠州灘と呼ばれる、その海岸線は、白い砂浜の続く景勝の地である。子供の頃からの、当り前の海岸で、海があることを、ごく自然に思っていた。そうでない土地もあることを知ったのは、遠州を出てからのことである。泳ぐには危険な海なので、あまり気軽に人の遊ぶことがない。そのことで、かえって自然のままの風景を残している。
 自然は、実は人類にとっては脅威であり、怖ろしいものである。しかし同時に、恵みを与えてくれるものでもある。永らく自然と付き合うことによって、遠州の先人たちは、自然と折り合う術を身につけてきた。現在、その知恵の蓄積の上に、遠州人の暮らしがある。それは槙囲いの家や、防風林に守られた陽だまりの住処として在る。入水してはいけない場所の言い伝えとして在る。日常、あまり気付くことなく暮らしているような、暢気な有り様ではあるが、遠州人の暮らしは古代からの賜物であるという気がする。
 法多山尊永寺の、暗い本堂では、僧侶が護摩を修している。多くの家庭の「家内安全」や「交通安全」を祈願している。善男善女たちは、大人しく、その声明を聴いている。自分の祈願を聴きおえると、本堂の中に設置された賽銭箱に小銭を投げて、静かに、そこから退出して行く。
 本堂を出ると、明るい視界が開ける。風花は舞っているが、寒いというほどでもない。

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