ミツカドコオロギ 其之二

Mitsukado Korogi : female

 ミツカドコオロギの雌の、まだ1匹だけが生きている。
 彼女は、動きも活発で、写真を撮影するのに、だいぶ振り回された。もともと撮影技術が未熟なうえに、モデルは小さく、盛んに動き回るのであるから、難渋すること必至である。それでも撮らずにはいられない。
 冬の陽光の暖かく入り込むフローリングの部屋で、飼育の世話をしながら、彼女の姿をコンパクトデジタルカメラで追う。撮っているうちに、楽しくなってきた。彼女が静止する一瞬を狙うのである。まるでスポーツのようだ。
 身体の中央の、尾のように見える産卵管が雌である徴(しるし)で、コオロギ類の雌は、みな、このような腹部をしている。雌は鳴かないので、雄に較べて捕獲しにくい。しかし、雌を入れると入れないとでは、雄の鳴き方が異なる。雌を入れたほうが、優しい声で鳴くのである。
 赤玉土を湿らせて、産卵場をつくると、この産卵管を刺して、卵を産む。それは来年の夏に孵化する子供らである。それまでは蓋をしてしまっておく。昆虫の飼育では、初夏までは、手がかからなくなる。

 老母の、ただひとりの姉である、私の伯母が、脳梗塞で倒れたのは、今年の初夏のことだ。
 はじめに訪ねたときは昏睡状態であった。そのときは、何本ものチューブにつながれている伯母の姿を見るだけで帰ってきた。
 伯母と母とは仲が良い。幼少時に父親を亡くし、成人時に母親を亡くしてから、ふたりで生きてきた。伯母は入婿を得て家名を継ぎ、母は嫁に出た。伯母は、実家として嫁いだ娘にしてやるようなことを、私の母に対して、いろいろとしてくれた。だから、私にとっては、祖母のような存在でもある。
 むろん、私が生まれたときからの付き合いである。伯母には三人の子供がいるが、いずれも私より年長で、私は「兄さん」「姉さん」と、子供の頃の癖がぬけないまま、大人になった現在でも、呼んでいる。従兄姉たちは、協力して伯母の面倒をみている。伯母の夫は既に他界している。
 私は、日曜日ごとに、老母を自動車に乗せて、伯母の入院している病院へ見舞に行くという仕事を、今年の五月から続けている。
 伯母は、病院のベッドに横臥したまま、夏と秋を過ごして、なんとか快復してきた。
 それでも、言語を操る能力と、右半身を動かす能力を失っている。身体を動かす能力がないことも辛いが、言葉を口にする能力のないことが、とにかく辛い。特に、私の老母は、大切な話し相手をなくしてしまい、また、伯母が話し相手をなくしてしまったことを悲しんでいる。伯母の意識がはっきりとしており、意志も感情もしっかりとあるだけに、余計に切ない。
 老母と私が顔を見せると、伯母は泣く。涙を出さない泣き顔になる。それでも、従兄姉たちのいる間は、怒ったり、拗ねたりもしてみせるのだが、老母と伯母とがふたりきりになり、老母が抑えていた感情を切らして、涙を流しはじめると、もう、いけない。伯母も、涙を流して泣くようになる。ふたりして静かに泣いている。
 最近、伯母は車椅子に乗る。見舞に行ったとき、車椅子を押すことが、私の新しい仕事に増えた。

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ミツカドコオロギ 其之二」への2件のフィードバック

  1. こんばんは!

    コオロギも最後の1匹となり寂しいものですね。

    でも来年の夏には子孫が沢山生まれてくるのですから、楽しみです。

    自分を生んでくれた親すら見ることもなく成長して行く過程は、教えられることも無く本能で生きていきますが・・・・

    人間と言うものは、世代関係無く自分の寿命を待つ中で血縁にしろ友人にしろ、互いを見て考えさせられることや人間としてのするべきことを試行錯誤します。

    今回、私も今一度考えさせられる話題でした。
    自分として今、何が出来るかを・・・・

    • yukioさん。ありがとうございます。コオロギの最後の一匹は、寂しいというより、救われる気持です。冬になると、昆虫たちは死ぬのが普通なので、彼女の無邪気さは、奇跡のようなものです。コメントいただいて嬉しいです。

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