エンマコオロギ

Enma Korogi

Enma Korogi

 今年の夏に従姉から貰ったスズムシの、容れ物が空いている。
 大型のプラスチック・ケースであり、天蓋の格子の目が粗い。カンタンのような細い小さな虫では、すり抜けてしまいそうに思えた。いろいろと考えたが、エンマコオロギ(閻魔蟋蟀)も悪くない、と結論した。
 ある曇り空の日の午後、草原に虫を探した。最初に大きな雌のエンマコオロギを捕獲できたとき、これは好い、と思った。鳴くがゆえに、その居場所の判りやすい雄に比して、雌は捕獲しにくい。雄は捕獲しやすいが、雌は捕獲しにくい。ペアを揃えたところで、虫捕りは終えた。
 帰宅して、彼らの居住空間を整えた。プラスチック・ケースの床にミズゴケを敷いて、彼らが歩きやすいようにする。給餌皿と飲み水を置き、洗ったキャベツで隠れ家を作る。小さなガラス瓶で、赤玉土の産卵場も設ける。エンマコオロギほどのありふれた昆虫を、繁殖させようという魂胆ではない。雌のストレスを考えての配慮だ。雌がいると雄の鳴き方が違う。語尾を長く伸ばすような、優しい感じの、甘えた鳴き方をする。
 退院した老母は、老父の世話係に戻った。老父は、自己中心の、思いやりのない人で、晩酌をしては、くどくどとつまらないことを言う。他人を貶し、自分を褒める。学ぶこと、考えることをしない。思い込みと、決め付けで、知ったか振りに喋る。だから、話し相手としては、まるで面白くない。下手をすると腹が立つ。
 偶の相手なら我慢もできるが、毎晩の繰り返しとなると辟易する。私は晩酌をしないので、老母の入院している間、老父の酒のことは、放っておいた。すると、自分でカツオの刺身を買いに出て、燗をつけて日本酒を飲んでいる。二合は飲む。
 老父が、前立腺癌になり、尿管や膀胱に癌を繰り返すようになってから、私は老父の入退院の事務の代理のようなことを、長く務めている。医師の側でも、医療的な事柄の説明の相手として、私を選択した方が仕事が捗るのだ。老父の、片方の腎臓を切除する手術のときに、私は老父から煙草を取り上げた。同時に、私自身も煙草をやめた。私が身をもって示すことで、本人の自覚を促したかった。その日以来、老父は一本の煙草も喫してはいない。
 飲酒について、医師から禁制を受けることはなかった。老父から、日本酒を取り上げる必要のないことは、私も思った。だから、現在も、老父は晩酌をしている。
 その相手を、老母が務めている。老父は、老母を相手に管を巻いている。

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エンマコオロギ」への2件のフィードバック

  1. 煙草を止めさす為に自分も止めるとは立派です!
    人に厳しく自分には優しい大人が多い中で、たまねさんは違いますね。
    ハードボイルドなんですよ!

    • yukioさん。コメントありがとうございます。話せば解る相手ではないので、態度で示すわけです。私は、ゴロワーズとジタンが好きでした。コメントいただいて嬉しいです。

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