初夏の風が、ここち良い。絶好のラグビー日和である。
2012 春季オープン戦 第1戦。ヤマハ発動機ジュビロ vs NTT ドコモレッドハリケーンズ。レフリーは真継丈友紀さん。12:00 キックオフ。
今日のスタンドオフは宮澤正利選手だ。センターでの出場の多い選手だが、池町信哉選手とのハーフ団は新しいものである。
オープン戦は、日頃ヤマハスタジアムでプレーを観ることのできない、若い、あるいは燻し銀で渋い脇役の、つまりは控えの選手のプレーを多く観ることのできる機会でもある。観客としてグラウンドに入場する際、大判のボードに紹介されている出場メンバーを知り、今日の試合を観戦することの幸運を感じた。サッカーも、ラグビーも、ホームタウンに住む者の楽しみのひとつは、これからトップに上がってゆく若い選手たちの成長を間近に観ることではなかろうか。
だが、それは楽しい勝ち試合を観客に約束するものではない。むしろ、キックオフがタッチを切って相手のスクラムになるシーンを二度も見せられるような、少し情けない試合でもある。しかし、その情けなさをも応援できるような楽しさが、このグラウンドにはある。まだ、若いのだから、あるいは、慣れない新しいポジションでのプレーなのだから、できなくて「あたりまえ」ではないか、ということだ。キックも、これから上手くなるのである。
前半は、インゴールの直前まで攻め込みながらトライを決められず、逆に相手のカウンター攻撃を許す、という展開で、ヤマハ発動機ジュビロ 0-19 NTT ドコモレッドハリケーンズというスコアであった。3トライとも左サイドに決められたが、そこへ至るレッドハリケーンズのパスやハンドリングは見事なもので、敵方ながら拍手を送ることに躊躇いを感じさせないものであった。総じて、ブレイクダウンでのボールへの執念も、レッドハリケーンズが優勢であったように思う。ジュビロのフォワードには、もう少し期待したいところだ。バックスが長い距離を走らなければできない仕事を、フォワードは僅かな一挙手一投足でできるのである。
後半に出場したフッカーの日野剛志選手は、新人にもかかわらず声が良く出ていて感心した。プロップを務めた岸直弥選手のランも良かった。岸直弥選手には、以前から走れる選手という印象がある。走れるフロントローは貴重である。フォワードは前に出ることが仕事である。強いスクラムで押し込むことも勿論であるが、意図しない「こぼれ球」の処理や、敵方のギャップについても、瞬時に的確な判断と動作のできるフォワードであってほしい。フォワードの確実な前進が、バックスのスピードを誘うのである。
後半に、ジュビロが3トライ3ゴールできたことで会場は盛り上がった。ヤマハ発動機ジュビロでは、五郎丸歩選手の陰に隠れてはいるが、越村一隆選手は、本当に綺麗なプレース・キックを蹴る。私は、彼が入団した年のキックから観ている。今日の試合でも後半に3本を決めたが、特に3本目は、難しい角度からのキックであった。 やはり、練習試合とはいえ、勝利への予感は嬉しいものである。しかし、今日の試合の目的が勝利だけではないことは、ほかでもない観客が承知している。
NTT ドコモレッドハリケーンズでは、後半に出場したパエア・ミフィポセチ選手が素晴らしかった。ディフェンス・ラインを断ち切るランの鋭さ。ラストの秦一平選手による逆転トライの前段階にも、彼の巧みなステップがあったように思う。
最終スコアは、ヤマハ発動機ジュビロ 21-26 NTT ドコモレッドハリケーンズ。ホームチームが負けはしたが、その将来が楽しみにもなるオープン戦であった。
俳句休載のお知らせ
ご愛読ありがとうございます。
2009年10月29日(木曜日)から、ツイッターでの朝の挨拶として、俳句を詠んでまいりました。読者の皆様の御目に触れることが嬉しく、気がつけば、早や二年と数ヶ月が過ぎてしまいました。ただ、最近の自分は、惰性で詠んではいないかと、反省しております。
俳句を学ぶことは楽しいのですが、楽しいがゆえに時間が過ぎてしまうという問題もあります。私も、現代に生きる社会人ですので、実務家としての勉強をしなければなりません。時間は有限ですので、しばらくは本業の勉強に集中したいと考えております。
俳句の「一日一句」につきましては、少なくとも四ヶ月ほど(2012年04月から07月まで)、休ませていただければ、と考えております。ご寛恕いただければ幸いです。
羊坂珠音
読者について
私が、はじめて俳句を詠んだのは 2009年10月29日(木曜日)、ツイッターを始めて九日目の朝のことである。「勉強開始」と書くだけでは芸がないと思い、趣味の自然観察から題材をあつめて、一日一句をツイートすることにした。
ツイッターには、フォロワーという読者が存在する。どんなツイートをしても自由なのであるが、できればフォロワーの方に喜んでいただきたい。読者を楽しませるツイートをすることが、当時の私の理想であった。この思いは現在も変わっていない。
読者を楽しませたい、という気持が先行して、俳句の勉強は後になった。それでも、2010年01月中旬頃、ツイッターで、日本語学者の林義雄先生からフォローをいただき、毎朝「今日の季語」を学習する機会を得ることができた。先生には感謝の言葉しかない。私は、日本語を学ぶという大きな目標のもとで、短歌や俳句を創作するようになった。
日本語を学びながら考えていることは、少なくとも日本語という言語を共有する読者との間に、良好な関係を築くことができないものか、ということである。「日本語学」の成果による共通の認識を基盤として、高校・大学教養レベルで、読者に理解の得られる文章を書くことができれば、ということだ。私自身、高校レベルの「日本語」の知識しかなく、社会人になり、ツイッターで短歌や俳句を詠むようになって、あらためて高校での古文漢文を復習しなおした者である。特に専門的な教育を受けているわけではない。
どちらかと言えば、現在の私の志向は「日本語」にあり、「日本文学」に関する認識は薄いのかも知れない。しかし、古典文学としての「和歌」や、その現代的な形態である「短歌」や「俳句」については、それらが基本的には文語文法で創作され読解されるという点において、関心を抱いている。高校時代に暗記するまで勉強したことが、現在の自分にとって、文学的な表現手段にもなりうるということが、興味深い。
もちろん、私は現代人であるから、実務的な文章は、口語・現代仮名遣いで書いている。文学的な散文にしても、その事情は変わらない。これらは、同時代の読者の便宜を考えてのことであり、読者の保持している語彙や文法についての認識を予想しての営為である。
しかし、「短歌」や「俳句」を詠む際には、文語・歴史的仮名遣いを原則として試みている。こちらは、私と同様に、高校で文語文法を学習した方を読者として想定しているからである。古語や漢語については、高校レベルの辞書や参考書に記載されているか、を準拠とし、そこに見出せないものは使用しないこととしている。また、口語的表現に必然性のある場合には、口語をつかうことに躊躇しない。ただし、歴史的仮名遣いについては統一をこころがけており、丸谷才一「完本 日本語のために」新潮文庫 2011 などの著作を参考に、できるだけ、現代の読者に負担をかけない表記を探究している。
現在、短歌や俳句を詠むことの必要から、文語文法を思い出すことのできた私は、あらためて、古代中国の漢詩や、上代、中古、中世の和歌の読者になることもできるように感じている。近世以降の俳諧もまた、歴史的な観点から読めばいいと考えている。(ツイッターで、私が俳諧における文語文法を「誤用」だと指摘したかのように誤解されているようなので念の為。)
私のように、大学受験のために、必然的に古文漢文を学ばなくてはならなかった方は、決して少なくないと思う。日本語における語彙と文法という共通の認識が基盤としてあるから、私たちは、読者にも、作家にもなる可能性がある。私も、いまだ勉強中の身ではあるが、文学的な散文を書き、短歌や俳句を詠む。その方針のようなものが固まりはじめてきたので、読者の便宜のために、ここに記しておく。
ラグビー観戦記 2012.02.05 ヤマハスタジアム
曇り空ではあったが、雨の心配はなかった。私は、いつものように歩いて球技場へ向かった。予定されていたファン交流会が、インフルエンザの流行を受けて中止になっている。寒い日でもあるから、妥当な判断だと思う。
2011- 2012 トップリーグ最終節。ヤマハ発動機ジュビロ vs ホンダヒート。2012年2月5日(日曜日)13:00 キックオフ。曇。
前半開始早々に、ホンダヒートのフランカーがシンビンとなり、ヤマハ発動機ジュビロには数的優位を利用しての先制点が期待された。しかし、敵陣深く攻め込むもインゴールへ跳びこむことはゆるされず、そのうちシンビンは解消されて、勢いのあるホンダヒートに先制トライを奪われる。攻撃のかたちが、いまひとつ定まらないヤマハ発動機ジュビロは、相手のペナルティを得て、五郎丸歩選手のショットで得点する。30分過ぎになって、ようやく大田尾竜彦選手とモセ・トゥイアリイ選手による中央突破で、気持のよいトライが生まれた。五郎丸歩選手がコンヴァージョンを決める。
スタジアムで観戦する者としては、バックスへダイナミックに展開するスペクタクルなラグビーを期待したいところだが、つまらないハンドリング・エラーで途切れてしまうのは、悔しいことである。バックスへの展開が確実で、相手チームに遠いエリアをも警戒させるようになれば、相対的に防御の手薄になる中央を突くことも容易になる。中央を突くシーンは後半にもあったが、そのようなプレーを可能にするのは、相手の守備意識を引っ張るほどの、ウィングまでの確かな継続の予感である。
試合は「いきもの」のようなもので、その日、その場所になってみないとわからない。得点は、相手との実力の不均衡によって生まれるから、自分の強みを生かすとともに、その日の相手の弱みを見抜くことも必要である。また、相手の「思い込み」を誘発するために、あらかじめ大きな攻撃パターンを見せつけることも有効である。「思い込み」の逆手をとって攻撃するというヴァリエーションは、そのようにして可能になる。
後半になっても、ヤマハ発動機ジュビロは、インゴールまでの上手い道程がつくれずにいた。それでもレフリーの真継丈友紀さんが、ホンダヒートのペナルティを丁寧に見てくれたので、五郎丸歩選手のショットで得点を重ねることはできた。ここで少しずつでも加点することにより、モチヴェーションが維持できたのかも知れない。
後半中盤の、五郎丸歩選手による密集の突破は豪快であった。その後の中継もうまく、相手インゴール右隅への津高宏行選手のトライを生んだ。ウィングの津高宏行選手は今期初スタメンであり、会場は盛り上がった。続いて、センターの中垣裕介選手による中央へのトライがあり、最後には大田尾竜彦選手のトライがあった。大きく前方へキックしたボールをウィングにチェイスさせ、相手にキャッチされてもタックルして押えるシーンなどは、見応えがあった。
最終スコアは、ヤマハ発動機ジュビロ 35 – 5 ホンダヒート。振り返れば失点は前半の5点だけで、後は守備が機能していたことが判る。フォワードの強さがチームの基礎になっていることは確かだ。トップリーグでは8位という成績で、近鉄ライナーズと日本選手権へのワイルド・カードを争うこととなった。その試合は、近鉄花園ラグビー場で行われる。
とにかく、ホームゲームで勝ったことに意義がある。ホームゲームにしか足を運べないファンも多いはずだ。ヤマハスタジアムではヤマハ発動機ジュビロ の勝利を見たいものである。
ラグビー観戦記 2012.01.21 ヤマハスタジアム
雨雲を見あげながら、球技場への道を歩いた。さいわい、雨に降られることはなく、その僥倖は試合前半終了まで続いた。
2011- 2012 トップリーグ第11節。ヤマハ発動機ジュビロ vs トヨタ自動車ヴェルブリッツ。2012年1月21日(土曜日)13:00 キックオフ。曇、ときどき小雨。
前半開始。トヨタ自動車ヴェルブリッツのフォワードは、ヤマハ発動機ジュビロと拮抗している。しかし、トヨタ自動車ヴェルブリッツは、開いたスペースを見つけて、少ない選手で小さなパスをつなげるプレーがうまい。そんなトライが前半に2本あって、コンヴァージョンは1本を外した。
ヤマハ発動機ジュビロのフォワードは強い。スクラムの良さは前試合と同様だが、前試合では、ことごとく失敗していたマイボール・ラインアウトも、確実に取れるようになった。モールを組み、押してゆく場面を観ることもできた。前半、自陣でのモールは相手のペナルティを誘い、ペナルティ・キックで大きく前進することもできた。しかし、トヨタ自動車ヴェルブリッツの守備は堅い。インゴール直前で撥ね返される。
それでも、フォワードではフッカーの加藤圭太選手が持ち込み、バックスでは田中渉太選手の巧みなランもあって、2トライを返した。五郎丸歩選手のコンヴァージョンは1本を外したが、前半終了間際に蹴った長距離のペナルティ・ゴールは見事に決まった。前半を終了して3点差のリードは、多くの観客に満足を与えたことと思う。
後半開始とともに、小雨が降り始めた。バック・スタンドに、ヤマハ発動機ジュビロの青と、トヨタ自動車ヴェルブリッツの緑のポンチョが拡がってゆく。気温も低くなったようだ。メイン・スタンドの最前列にも、小雨が降り込んでいる。
後半の早い時間。五郎丸歩選手に厳しい角度のペナルティ・ゴールが課されたが、それは外れてしまう。この局面では、タッチ・キックで前進して、マイボール・ラインアウトを得る選択もあるように感じた。ラインアウトの成功率は高いし、フォワードもまだ、元気な時間帯である。
後半になると選手は疲れてくる。ヤマハ発動機ジュビロの選手は、ラックからの帰りが遅くなった。タックルで、きちんとバインドできていない。ルーズボールへの反応も拙い。レフリーの麻生彰久さんは、些細なミスも見逃さない。後半の遅い時間帯こそ、集中力を維持したいものである。
ブラインド・サイドを突いて止められるケースも気になった。バックスへ展開しても、センター突破をタックルされて遅くなる。もっと広いスペースへ展開できないものかと、何度も感じた。相手のいないスペースを突くことが、フットボールの基本である。
ヤマハ発動機ジュビロは、攻め疲れているうちに、相手方にラインを破られて、失点してしまった。そこから意地を見せられれば強いのであるが、相手陣に深く攻め込んでも、トライできないのが悔しい。1トライで逆転できる状況が、1トライ1ゴール差となり、それでも攻めきれずに敗北を喫してしまった。ホームゲームを落とすことのネガティヴな意義を、再び繰り返すことはしまい。
勝負事は常に非情である。試合終了とともに小雨は止んだ。
謹賀新年
謹んで新年のお慶びを申し上げます
本年も、よろしくお願いいたします
羊坂 珠音
ラグビー観戦記 2011.12.18 ヤマハスタジアム
ラグビーを観るなら、試合だけではなく、その前に行われるウォーミング・アップから観るべきだ。五郎丸歩選手のキックがゴールポストの内側をとらえられないことは、そのときに観ていた。リーグ戦は長期の闘いである。第二、第三のキッカーも観てみたい。
2011- 2012 トップリーグ第7節。ヤマハ発動機ジュビロ vs 東芝ブレイブルーパス。2011年12月18日(日曜日)13:00 キックオフ。快晴。
レフリーは、谷口かずひとさん。明るいパフォーマンスで、人気のある方だ。彼のレフリングが観られるだけでも、今日の試合には価値がある。
東芝ブレイブルーパスの強いことはわかっていたが、今日は勝ちたいゲームであった。ホームゲームでの観客動員数を10000人以上にしたいのであるなら、やはり楽しい勝ち試合を観せてほしい。負けても通ってくれるのは、ラグビー観戦の好きなひとや、地元のチームを応援したいひとたちだけだろう。休日の午後に、娯楽のひとつとしてラグビーを観るひとたちには、わかりやすい「勝利」というプレゼントが必要なのではないか。
キックオフ。前半の早い時間に、いい位置でペナルティのチャンスをもらい、五郎丸歩選手のショットで3点を得た。先制点にスタジアムは沸いた。やはり、得点があれば盛りあがるし、楽しくなる。選手たちは、この喜びを身体にしみ込ませてほしい。好いプレイがあれば拍手をするし、がんばる姿には声援もおくるが、トライやゴールが決まるときの球技場の弾け方には、凄まじいものがある。徐吉嶺選手のトライにも、スタジアムは熱くなった。
今期のヤマハ発動機ジュビロは、フォワードが良くなったというのが評判だが、マイボールのラインアウトを相手にとられていては勝てない。スクラムは素晴らしく、ラックもうまく形成できている。あとは、きれいなモールを観たい。ペナルティ・キックからの、マイボール・ラインアウト、ドライビング・モールという展開が完成すれば、それは勝利の方程式になる。
後半の遅い時間。ヤマハ発動機ジュビロの、敵陣のインゴール直前、ゴールポスト正面でのスクラムには期待した。このスクラムを押し切ることも、フォワードの第三列がサイドから飛び出すことも、左右いずれかのバックスに振ることもできる、自由度の高い陣形である。この時点で、東芝ブレイブルーパスは3トライ3ゴールしており、点差が開いている。今日の試合としては敗北するにせよ、とにかく、意地のワントライをとりたいところである。
残念なことに、結果としてトライにはつながらなかったが、このようなケースについて、なにがうまくゆかないのかを分析して、具体的に戦術を考え、技術を向上させてゆけば、確実にトライを重ねてゆける、勝てるチームになるだろう。今回は、東芝ブレイブルーパスの守備が巧かったということだ。再戦する機会があるなら、挑戦してほしい攻撃である。
東芝ブレイブルーパスは、やはり強い。ディフェンスのラインが美しく、切り込みをゆるすギャップがない。基本的に、ランニングが速く、あまいスペースを埋めるのが早い。身体的な能力として走力も高いが、視力や判断力にも優れているのだと思う。とにかく、その離合集散は見事で、まさに狼の群れのようであった。そのようなラグビーを観ることができたことは、ラグビー・ファンとしては嬉しいことである。
コハクチョウ 其之三
十一月最初の日曜日の地方紙に、コハクチョウの到来を告げる記事が掲載された。今年は五羽が飛来している。
その日は、伯母の見舞いに行く予定があった。伯母は老母の唯ひとりの姉だ。
強い雨の降る朝である。日曜日には食料品の買物もしなければならないので、コハクチョウを観にゆくのであれば、朝のうちにと思っていたが、その思いはかなわなかった。午前中に買物をすまし、午後に伯母の入院している病院へゆくことを、老母と決めた。
先日、セルゲイ・パラジャーノフという映画監督の主要な作品が、ウェブで観られることを教えていただき、私は、その作品を観ていた。同じ作家の作品を、制作された順序で連続して観ると、その作家を理解しやすくなる。彼の映画は、構図が明確であり、色彩が豊かなので、眺めているだけでも楽しい。私は、彼の映画における、家畜や家禽の存在に興味深いものを感じた。馬、羊、鳩、鶏、七面鳥、駱駝…人類は親しい動物たちとともに生きてきたのだと思う。
私には、犬や猫を飼うような経済的、時間的余裕がない。鈴虫を飼育してはいるが、冬には姿を消してしまう。冬に、動物に会いたいと思えば、野鳥を観にゆくことになる。幸いなことに、冬鳥たちは毎年、同じ場所に飛来してきてくれる。同一の個体か、その子孫かと思うが、彼らの記憶の中に、私たちの遠州があることは嬉しいことだ。
予定どおりに家事をすませ、午後には隣の市にある病院へ自動車で向かった。以前のように、毎週通うようなことはなくなったが、それでも見舞いに行かない月はない。今月は、訪問する前日に従姉から電話があった。伯母は体調を崩しているらしい。
実際に訪れると、伯母は酸素マスクをしていた。ベッドのかたわらには、血圧(Systolic, Diastolic )や心拍数(Heart Rate )、酸素飽和度(SpO2 )などを計測するモニターが置かれている。その機械にはアンテナが付いている。患者の急変を、無線で知らせるためのものであろう。
伯母の表情は穏やかで、モニターの数値も安定している。英語の読めない老母に、モニターでの表示の意味を話して安心させる。医師も看護師もいるわけではない。ただ、伯母の顔を見るだけの訪問である。伯母には言語障害があり、時間の過ごしようもない。
今回は、従兄姉たちとも会わなかったので、病院から早くに退出することになった。私は、老母の気分を晴らしたかった。十月桜を観にゆこうか、とも話したが、老母はコハクチョウの話題を好んでいたので、桶ヶ谷沼へコハクチョウを観にゆくことに決めた。自宅に寄り、フィールドスコープを車載して、桶ヶ谷沼へ向かった。「いるとはかぎらないよ」とは言っておいた。
コハクチョウの塒のあるのは、桶ヶ谷沼の少し北にある鶴ヶ池で、私は先ずそこに自動車を走らせた。報道のせいか、やはり先客がおり、コハクチョウの帰りを待ってカメラを構えている。テーブルで湯を沸かし、珈琲を飲んでいる。気さくな老母は彼らと会話をしていた。私は、コハクチョウの不在を予期していたので、台風での被害がいかほどであるかを確認するために、違う場所を目指した。コハクチョウの塒に近い辺りを歩いた。
老母の気晴らしが目的なので、コハクチョウのいないことを知りつつ、桶ヶ谷沼を訪ねた。自然の中を歩くだけでも、日常の生活に倦んだ気持を発散できると考えてのことだ。果たして、その目論見はあたり、というのも幼児を連れた若い母親がいて、老母は、その幼児と会話を始めたのだった。老母は幼児が好きなのである。
その幼児は男の子で、カマキリやモンシロチョウなどを見つけては喜んでいた。歩きながらの会話であるし、初対面なので、たいした言葉を交わしたわけでもない。私は、老母のためにフィールドスコープを低く立てて、ダイサギや、マガモ、コガモ、オナガガモなどを観せた。その男の子のために、さらにフィールドスコープを低くした。先ず、男の子の母親に観てもらい、それから男の子に覗かせた。まだ幼児には早い趣味である。私たちは帰路についた。
男の子は元気が良く、若い母親をからかうようにして急に走り出したり、私の老母を見て笑ったりした。老母にとっては、コハクチョウそのものよりも、それを観にくるひととの交流が嬉しいようだ。自然を楽しむことは、自然観察を楽しむひととの交流を楽しむことでもある。
追記。後日、その日の偵察をもとに写真を撮影しました。
ラグビー観戦記 2011.10.29 ヤマハスタジアム
絶好のラグビー日和に恵まれたなら、その試合には二倍の価値があると考えて良い。
2011- 2012 トップリーグ開幕戦。ヤマハ発動機ジュビロ vs NTTコミュニケーションズシャイニングアークス。2011年10月29日(土曜日)13:00 キックオフ。
私は徒歩でヤマハスタジアムに向かうので、シャツ一枚の薄着で出かけたのだが、試合終了まで寒い思いをすることはなかった。赤とんぼが優雅に芝生のうえを横切っている。
試合開始前には、両チームの選手たちが登場して、ウォーミング・アップを始める。試合そのものとともに、彼らの練習する様子を観ることも、また楽しいことである。リラックスした雰囲気を保ちつつ、シビアにコンディションを整えてゆく選手たち。今期からチームの指揮をとる清宮克幸監督や、長谷川慎フォワードコーチの姿も見える。
キックオフ。前半開始直後からスクラムを多く観ることになった。エンゲージがうまくゆかないらしく、何度も組み直す場面を観た。レフリーの相田真治さんは、シャイニングアークスの選手に注意を与えている。スクラムは正しく組まないと危険なのだ。うまく組むことのできない選手は反則になる。フリーキックの権利が与えられても、ジュビロはスクラムを選択する。
ラグビーの多くの試合がそうであるのと同様に、前半は勢力の拮抗した闘いが続いた。得点としては、ヤマハ発動機ジュビロが僅差でリードする展開であったが、前半終了時に、五郎丸歩選手が長い距離のペナルティー・ゴールを低い弾道で決めて、7点差のリードとした。ワントライ・ワンゴールの必要な7点という数字は、ラグビーを考える際に基準となるものだ。
後半は、開始早々に徐吉嶺選手のダイナミックなランがあり、それをサポートした大田尾竜彦選手のトライがあった。続いて、マレ・サウ選手の相手ラインを引き裂いてのトライ、田中渉太選手の大きく回り込んでのトライと、バックスの活躍が目覚しい。ジュビロのナンバーエイト、モセ・トゥイアリイ選手のトライは決定的であった。五郎丸歩選手によるコンヴァージョン・キックも、すべて決まり、得点差を拡げてゆく。
密集ではシャイニングアークスに圧倒されている時間帯もあった。ハンドリングに精度を欠き、ラックで押し込まれ、ボールを奪うこともできない。シャイニングアークスのナンバーエイト、フォトゥー・アウエルア選手は体格に優れており、彼の突進を止めることができず、トライをゆるした。
後半終了時、マイボールをタッチの外側に蹴り出さず、前方へ向けて蹴り、八木下恵介選手がインゴールで押えたプレーは、素晴らしかったと思う。五郎丸歩選手のコンヴァージョン・キックも決まり、気持の良いノーサイドをむかえることができた。
台風のあとに
中泉で府八幡宮の祭典があり、その日はバスの通路が変更になった。午前中の、ある時刻をさかいに、迂回路へ切り替わるようだ。
脚の痛みを執拗に訴える老父は、見付の自宅から中泉の病院まで、バスで通院している。自動車を運転してきたひとだが、夏の前に物損事故を起して、自動車に乗ることを控えるようになった。まだ、自動車運転免許証は所持しているし、任意の自動車保険にも加入している。物損事故を起こして、板金が凹んだままの軽自動車も車庫に置いてある。
老母は、むかしから電車とバスで移動してきたひとで、遠州鉄道のカードを買い、遠鉄バスの乗り方を老父に教え込んだ。何ヶ月かは、つねにふたりで出歩くような状況であったが、最近は老父も自分で動くことを覚えた。
もともと住み慣れた町であるし、建設業という仕事の関係で、顧客の住所地をさがすために、町中を自動車で走り回っていたひとである。地名や風景がわかっていれば、バスの路線を乗り間違えることもなかろう。わからないときは、運転手に訊け、と言ってある。
以前から私は、自動車を運転できない老母の「アシ」となって所用を手伝ってきたが、今年の夏からは、老父の「アシ」の役割も果たすことになっている。町のいたるところにバスの路線が通じているわけではないからである。タクシーを乗り回すほどの経済的余裕もない。むろん、私の都合で間に合わないときは、タクシーのお世話になることもある。
病院から電話で私に連絡がきた。私は、自動車で老父をむかえに行った。老父は、病院の道を隔てた向かい側にあるコンビニエンス・ストアで私を待つという。車線を考えてのことだろう。帰り道に、どこかへ寄るのである。
私が老父のもとへ到達すると、老父は新しい行き先を説明し始めた。それは、ある建材屋で、目的は「のり」を買うことだという。「のり」とは、雨樋用の接着剤のことだ。自宅の雨樋を修理するつもりなのである。
今年の台風は遠州に上陸して、多くの構築物や家屋を傷つけていった。倒れてしまった樹木も多い。見付天神の大楠が、三本とも姿を消した。
自宅では雨樋に被害を受けた。当初は、そのことに気がついてもいなかったほどの軽傷である。先週の休日に、外れた雨樋のパーツが、自宅の敷地内に静かに置かれていた。隣家の庭に落ちたものらしい。私は、そのとき、その場で、まだ庭にいた隣家の夫人に謝罪と礼を述べた。夫人は言葉少なに笑顔を浮かべた。
外れた雨樋は、直さなければならない。老父は大工あがりの建築士なので、たいていのことは自分でもできるが、外注に出すという知恵も持っている。外れた雨樋は、知己の工事屋に依頼するということになったが、一週間もたつと、そんなことも忘れてしまったのか、あるいは自分でも直せるという目途がついたのだろうか、雨樋を直す材料を自分で買いに行こうと考えたわけである。
しかし老父には「アシ」がない。そこで私を、その建材屋へ行くための手段として利用することに決めたのである。私は、老父の指示する通りに、目的の建材屋まで自動車を走らせた。建材屋の駐車場に自動車を入れると、老父は勝手を知るように店内に入って行き、むかしからの知り合いである店の主人に大きく声をかけた。私は、自動車のなかで待機した。
やがて老父は、長さ30センチほどの白く長い箱を手に店を出てきた。雨樋用の接着剤である。いくらしたかは知らぬが、その代金は、老父が店主に会うためのもののように思えた。元来が事業者用の店で、家庭用に一回のみ使用するような資材を購入することが不経済であることは、私にも充分に考えられたからである。
二台の脚立に足場を組んで、ふたりで雨樋を直した。私は、老父が落ちたら受けとめるつもりで最初は下にいたが、人手が必要になって、結局は上にも登った。さいわい、老父が姿勢を崩すこともなく、無事に作業は終了した。







